第30話「魔導師の奇跡」
第30話「魔導師の奇跡」
深夜の街路が、パンドラの展開したデジタル・フィールドに飲み込まれていく。
ハルトの前に立ちはだかるのは、パンドラの操る機体。ハルトの相棒と瓜二つのシルエットを持ちながら、全身から禍々しいマブイが溢れ出していた。
「無駄だよ。この迷宮に足を踏み入れた時点で、君の『一を積み上げる』戦術は封じられた。特定の出目以外はすべて自壊へと繋がる——さあ、終わりのダイスを振るがいい!」
ハルトが勝つためには、金将ダイスでピンポイントに「三」を出さなければならない。「三」以外は、ブラック・マギのコアが自爆し、機体を奪われる。
「三……。狙って出せるわけが……!」
震える手で、ダイスを投下した。
コロコロ……と盤上を転がる。止まった出目は——「一」。
「残念! 『一』は自爆のトリガーだ。……その伝説の機体、いただこう!」
《ブラック・マギ・マリス》の杖から、黒い稲妻が放たれた。
ブラック・マギの装甲が、一枚ずつ欠けていく音がした。緑の瞳の光が、弱まっていく。崩れ落ちようとしている——あの長い封印を経て、ようやく目覚めた相棒が。
(クソッ——!)
『……案ずるな、小僧。我が忠臣は、一度の失敗で膝を屈するほど柔ではない』
将軍の声が響いた。
同時に、ブラック・マギの緑の瞳が再び輝いた。杖から紫色の霧が溢れ出し、止まったはずのダイスが、まるで生き物のように再び跳ね上がった。
「な、何だ……ダイスが——!?」
一度だけ、確定した出目を振り直す——その力が、ブラック・マギには宿っていた。ゲーム中にただ一度だけ使える、この機体固有の意志の力。
ハルトは今度は念を込めなかった。こいつは将軍の忠臣だ——俺の一より、こいつ自身の意志の方が正確に届く。
「……頼む。ブラック・マギ。俺たちの道を、切り拓いてくれ」
再び盤上に落ちたダイスが、ゆっくりと、確かめるように止まった。
「三」の面が、上を向いていた。
「バ——バカなッ! 私の迷宮を……!」
杖の先から高密度のマブイ粒子が放たれ、パンドラのフィールドを内側から粉砕した。《ブラック・マギ・マリス》が爆散する。
パンドラは夜の闇へと消えていった。逃げる間際、何かを呟くのが聞こえた。名前ではなく、誰かへの報告のような言葉だった。
静寂が戻った路上で、ブラック・マギは静かに杖を下ろし、ハルトに向かって一度だけ深く、騎士のような礼を捧げた。
「……ありがとう。助かったよ、相棒」
ハルトが装甲に触れると、機体は再び封印の姿へと戻っていった。
手には、確かな感触が残っていた。信じて預けた、その感触が。




