第23話「普通の味噌汁と、職人の誓い」
第23話「普通の味噌汁と、職人の誓い」
鼻腔をくすぐる、出汁の深い香りと味噌の柔らかな匂い。
水城ハルトが重い瞼を持ち上げると、見慣れた天井があった。階下からはトントンと、規則正しいまな板の音が響いている。
「……夢じゃ、ないんだな」
ハルトは階段を駆け下りた。
水前寺模型店の小さな食卓。節くれだった大きな手でお玉を握る、祖父・巌の背中があった。
「起きたか、ハルト。さっさと座れ、冷めるぞ」
「……じいちゃん」
差し出されたのは、豆腐とわかめの味噌汁。ハルトは一口啜った。熱い汁が胃に落ち、身体の芯がじんわりと温まる。黄金の虚飾ではない、不器用で確かな「生」の味だ。
「じいちゃん、俺……」
「言うな。……お前が連れ戻してくれた。それだけで十分だ」
巌はそれ以上何も語らなかった。
店の戸口の鈴がカランと鳴った。
「——朝早くから失礼。メンテナンスの予約、まだ空いてるかな」
灰色の作業着のセナ・カミジョウが、重厚な工具鞄を作業台にドサリと置いた。
「セナさん!? なんでここに……」
「じいさんの弟子だって言っただろ。……ハルト、お前のヴィンテージ機はもう限界だ。今のままじゃ、次の波には耐えられない」
セナが広げたホログラム・ニュースに、ハルトは目を向けた。
『更生局の解体に伴い、世界からくり連盟が新体制を発足。……全世界のプロ候補生によるメダル争奪リーグの開催を宣言します!』
エジプトが独占していた八つのメダルが、今や世界中に解放されているのだという。各都市を舞台とした争奪戦。勝利者は敗者からメダルを奪い取る権利を得る。
「ハルト。おじいさんの手紙、読んだね」
セナが、ハルトの懐のメダルを指差した。
「『将軍に勝つ方法を、あの子だけが知っている』」
「……そうだ。将軍は、あなたを器として認めた。それはいつか、あなたのマブイを食い尽くし、将軍が現世に受肉することを意味している」
セナの瞳に、職人の光が宿った。
「私は、この機体を将軍を閉じ込める檻ではなく、あなたと一緒に将軍を乗り越える武器として作り直す」
ハルトは残りの味噌汁を一気に飲み干し、立ち上がった。
「じいちゃんからもらった普通の朝を、俺は誰にも渡さない。……将軍にも、エジプトの残党にもな」
ボロボロになったヴィンテージ機を、作業台の上にそっと置いた。「頼む」
セナは一度だけ頷いた。「ならば、始めよう」
その瞬間、懐のメダルが深い地の底から響くような熱を放った。それはハルトではなく、セナの方を向いていた。




