第18話「『箱』の意志」
第18話「『箱』の意志」
蒸気とオイルの匂いが立ち込める機関区。巨大な歯車の隙間で、ハルトのヴィンテージ機は膝をついていた。
四方から浴びせられるジャミング・パルスが、マブイ伝導系を引き裂く。レバーを叩いても、返ってくるのは空回りの音だけだ。
「……諦めな。低マブイのガキがどれだけ気張っても、物理法則は捻じ曲げられねえ」
頭上からウォーレスの《ジョーカーズ・アイ》が見下ろしている。傍らでは片倉の《アイアン・ベア》が、ワイヤーで縛られたまま沈黙していた。
「……『箱』って、どういう意味だ」
ハルトは、掠れた声を絞り出した。
「そのままの意味さ。エジプトの旦那にとって、お前もその機体も、中身を運ぶための梱包材に過ぎない。中にいる将軍が本物なら、外側のガワなんて誰だっていいんだ」
ウォーレスが一歩踏み出し、蜘蛛のような脚でヴィンテージ機の装甲をなぞった。
「そのバケモノはな、器を喰らい、マブイを燃料に変え、乗り手の存在そのものを消し去る。……お前のじいさんは、それを知っていたからこそ、自分が箱になることを拒んだ。エジプトの依頼資料にそう書いてあった。俺の読みでもある」
ハルトの脳裏に、空虚な微笑みを浮かべる祖父の顔が過った。
じいちゃんは、自分を守るために黙っていたのか。それとも——。
『……他人の言葉に揺らぐか、小僧。貴様は、我を納めるにはあまりに脆弱な「箱」よ』
懐のメダルが、氷の冷たさを放つ。将軍の力が、ハルトの意識を塗り潰そうと溢れ出してきた。
ハルトの視界が一瞬だけ、黄金に染まった。
「…………断る」
噛み締めた唇から、血が滲んだ。
「箱だって、なんだっていい。……でも、中身を決めるのは、俺だ」
——待て。ジャミングでマブイの同期が断たれているなら、同期させる必要はない。
ハルトはデジタルな制御を全て捨てた。目を閉じ、指先に伝わる物理的な感触だけに全神経を集中させる。鼓動を遅くした。機体の振動に合わせるように。
じいちゃんが何千回と繰り返してきた、歯車の噛み合わせ。オイルの粘り。金属が擦れ合う微かな熱。
(一、二、三……)
ノイズの中に、規則正しい「一」のリズムを見つけ出す。ヴィンテージ機が本来持っている機械としての共振を、自分の鼓動に重ね合わせた。
「一を積み上げる。デジタルじゃねえ、この鉄の塊が刻むリズムで……ッ!!」
ガッ、と重厚な音が機関区に響いた。
ジャミングの影響を受けない物理的な共鳴。積み上げた「一」の振動が、ヴィンテージ機の深部で増幅され、外側に張り巡らされていた電子の網を弾き飛ばした。
「……何だと!?」
ウォーレスが驚愕に声を上げる。
動かないはずの機体が、白い蒸気を噴き出しながら立ち上がった。
「俺は、ただの箱じゃない。……この箱を動かすのは、俺の手だ!!」
ヴィンテージ機の真鍮の腕が、積み上げられた一の振動を纏って解き放たれた。




