第17話「ウォーレス・ハックマン」
第17話「ウォーレス・ハックマン」
アヌビスを退けた先、黄金の城の階層が一変した。
煌びやかな装飾は影を潜め、剥き出しの巨大な歯車と蒸気パイプが迷路のように入り組む機関区へと足を踏み入れる。城全体のエネルギーを司る、心臓部だ。
「……誰かに見られてるような感じがするぜ」
片倉が《アイアン・ベア》のセンサーを左右に振った直後、足元の床から無数のワイヤーが跳ね上がり、脚部を絡め取った。
「トラップか!?」
「ビンゴ。……お熱い友情に水を差すようで悪いがね、ガキ共」
蒸気の向こうから、四脚機が音もなく這い出してきた。蜘蛛のような機体の操縦席に、無精髭にサングラスをかけた初老の男が座っている。ウォーレス・ハックマン。
「マブイ値五〇〇五に五八〇〇。更生局のデータじゃ『ゴミ山』扱いだが、アヌビスを壊したと聞いて見物に来た。……もっとも、俺への報酬はお前らのマブイを城のサーバーに繋ぐことだがな」
「傭兵か……!」
「傭兵なんて肩書きに期待するなよ。俺はただの掃除屋だ」
ウォーレスの指先が動いた。《ジョーカーズ・アイ》から放たれたのは、マブイ波形を攪乱するジャミング・パルスだ。
「っ、機体が——言うことを聞かない!?」
ヴィンテージ機の歯車が不規則に空回りし、マブイの伝導が遮断される。「一」を積み上げようとしても、その「一」がノイズにかき消される。積み上げる土台そのものが、崩されていた。
「数値の低い者のマブイは、環境のノイズに弱い。それがこの世界の理屈だ。どれだけ熱くなっても、回路が繋がらなければ動けない」
ワイヤーがヴィンテージ機の腕を縛り上げ、高圧電流が装甲を焼く。一歩も動けない。「一」を積み上げる前に、地盤そのものが崩されている。
(クソッ、届かない……!)
絶体絶命の瞬間、懐のメダルが冷徹な振動を始めた。
『……小僧。その程度の小細工に、我が器を汚させるな』
将軍の声だった。しかしその声は——ハルトを助けようとしているのではない。自分の「持ち物」を傷つけられたことへの、支配的な怒りに満ちていた。
(待て、将軍——あんた今、俺を守ろうとしているんじゃなくて、自分の器を守ろうとしているだけじゃないか)
「おい、ガキ。一つだけ教えてやる」
ウォーレスが機体を近づけながら言った。「……面白い戦い方をする。依頼主の計画通りに消えるには、惜しい」
「……何が言いたい」
「エジプトの旦那が狙っているのは、その機体じゃない。機体に宿ってる『バケモノ』だ。旦那は、その将軍を現世に引きずり出し、自分の力の一部にしようとしている。……俺はこの仕事を長くやっている。依頼主の本音くらい、読めるようになる」
サングラスの奥に、プロとしての確信が宿っていた。
「お前はただの、運搬用の箱に過ぎない——旦那の目には、そう映っているはずだ」
「箱」。
自分が信じ始めた「機体との対話」も、将軍との関係も、全てはエジプトが仕組んだ収穫のためのプロセスに過ぎないというのか。
「……箱じゃねえ」
縛り上げられた腕で、ハルトはレバーを握り直した。「機体と話せる俺が、ただの器なわけがない。俺は——俺とこいつは、誰かの箱になるためにここにいるんじゃねえッ!!」
その瞬間、ヴィンテージ機の深部から、異音が響いた。
機械音ではない。ジャミングを跳ね除けるような、機体そのものが自分の意志で動き始めるような——そういう音だった。




