第15話「アヌビス・ゴリアテ」
第15話「アヌビス・ゴリアテ」
黄金の城の回廊を抜けた先は、「審判の間」と呼ぶべき広間だった。
中央の石棺のような巨大なコンテナが火花を散らして開き、その守護者が姿を現す。
全高五メートルを超える巨躯。黒い鏡面装甲に覆われた犬頭の魔神——《アヌビス・ゴリアテ》。その肩部に、白銀の輝きを放つ紋様が刻まれていた。
「あの紋様……北条氏胤の《皇龍》と同じだ」
「ああ、間違いない」
片倉の《アイアン・ベア》がモニターを最大望遠にする。「エジプトの野郎、氏胤から奪ったデータをこいつに同期させやがった。重装甲のくせに動きは最新鋭機並みの流体制御だぞ。……これじゃ、さっきの空白は見つからねえ」
ゴリアテが右手のハルバードを薙ぎ払った。空気を切り裂くような風圧だけで、ヴィンテージ機がバランスを崩しそうになる。速い。重い。一切の無駄がない。
『……絶望か、小僧。貴様の五〇〇五では、この神の代行者の足元にすら及ばぬ』
懐のメダルが激しく震えた。
『「三〇」を振れ。我が力を借りれば、一瞬で終わる。それがじいさんを救う最短の道だ』
(……うるせえ)
汗ばむ手でレバーを握る。将軍の言う通りかもしれない。だが、その先に何がある。将軍に動かされた自分に、あの味噌汁を飲む資格があるのか。
「……待て。膝だ」
片倉の声が来た。「あの巨体を支える荷重は全部そこに集中してる。同じ場所に連打できれば——ただし、コンマ数秒の間に何度も叩き込まないと、流体制御が補正する前に終わらない」
ハルトは目を閉じた。
なぜか手が止まった。マブイの出力を絞った。なぜそうしたか、分からなかった。ただ、ヴィンテージ機の歯車が噛み合う「音」だけを拾っていた。
ゴリアテの巨大な一振り。その「一」の始まり。完璧な計算による円運動。
(どんなに完璧な計算でも、物理的な「一」を積み上げなければ結果には届かない。……だったら、俺も積み上げるだけだ)
「一を十回——積み上げるッ!!」
ゴリアテの膝。巨大な装甲に守られた、唯一の荷重ポイント。
ヴィンテージ機が弾丸のように加速する。出目は「一」——ただのそれだけ。しかし、その「一」が、全く同じ場所へコンマ数秒の間に十回連続で刻み込まれた。
「——っ!?」
ゴリアテの人工知能が、一瞬のエラーを起こした。針の先ほどの衝撃が一寸の狂いもなく一点に集中したことで、内部の流体金属が共振を起こし、装甲を内側から食い破った。
メキメキッ、と不吉な音が響き、アヌビス・ゴリアテの膝が崩れた。
「やった……! 膝をつかせたぞ!」
片倉の声が来た。ハルトはまだ手を緩めない。
『……ほう。その不器用な「一」で、我の言葉を形にするか』
将軍の声から、嘲笑が消えていた。代わりにあるのは、深い谷の底から響くような、静かな興味だった。
膝をついたゴリアテの頭上に、次の階層へと続く扉が光を放ち始める。ハルトは荒い息を吐きながら、ヴィンテージ機の腕をゆっくりと下ろした。
「一歩、進んだぞ。……じいちゃん」




