第14話「双翼、散る」
第14話「双翼、散る」
「……まだだ。まだ、終わらせるわけにはいかない……!」
兄・志遠の声が、ノイズ混じりのスピーカーから響いた。赤の《比翼》が火花を散らしながら立ち上がる。隣では青の《比翼》も、装甲を激しく軋ませながら兄に歩調を合わせていた。
「志来、マブイを全出力で同期させろ。残りの半分、すべて使い切っても構わん」
「……わかったよ、兄さん」
弟・志来の声は、消え入りそうなほどに細かった。
二体の機体が黄金の光を帯びて重なる。互いのマブイを無理やり衝突させ、暴走に近いエネルギーを生み出す——禁忌の合体だった。
「ハルト! 避けろ! 奴ら、自爆覚悟でマブイを燃やしてやがる!」
片倉の警告が飛ぶ。
懐のメダルが冷たく熱を持った。
『愚かな。器ごと砕け、小僧。我ならば、その歪な光ごと虚無へ還してやれるものを』
(……違う。壊したくない。ならば——受け止めるしかない)
ハルトはヴィンテージ機の計器に目を落とした。マブイ残量、出力、歯車の噛み合わせ。すべてが限界に近い。だが、視界はかつてないほどに澄んでいた。
「片倉! 奴らの空白、まだあるか!?」
「ああ! 出力を上げるほど、魂の欠けた部分が歪みとして膨れてる! 右の肩、動力パイプの接続部だ!」
「……見えた」
ハルトはヴィンテージ機を加速させた。《比翼》が放つ衝撃波が床の白磁を砕いていく。その嵐の中を、ハルトは一歩ずつ踏み越えていく。
「一、二、三……」
口の中でカウントを刻む。相手の突進に合わせるのではない。魂がズレを起こし、エネルギーが逆流するその刹那の「一」を待つ。
「今だッ!!」
突進してくる黄金の巨躯。その右肩。
ハルトはヴィンテージ機の真鍮の拳を突き立てた。破壊するためではない。溢れ出すマブイの淀みを、自分自身のマブイで中和するための一撃。
静寂。
黄金の光が、ハルトの拳を中心に波紋のように広がっていく。二人の兄弟を縛り付けていた無理な同期が、糸がほどけるように解けていく。
ガシャァァァン……。
赤と青の機体が、別々に分かれて床に沈んだ。
操縦席のハッチが開き、志遠と志来が崩れ落ちる。
「……負け、たのか。我らは……」
志遠が力なく天井を見上げた。その胸元のペンダントが——中和の波紋が伝わったのか——パキリと音を立てて砕け散った。
城の奥から、光の粒が戻ってくる。失われていた二人の瞳の色が、鮮やかに蘇った。
「……志来」
志遠が、震える手で弟の肩を抱き寄せた。
「兄さん……。光が、見えるよ。本当の……色が……」
「ああ。……すまなかった。お前を、こんな場所に……」
志遠は、ハルトの方を見なかった。ただ、弟の頭を、何度も、何度も撫でる。
兄が呼ぶのは、自分を救うための言葉ではなく、ただ弟の名前だけだった。
『……死に損ないの魂が、少しだけ鮮度を取り戻したか。無駄な手間をかける小僧だ』
将軍の声が、吐き捨てるように来た。ハルトは、その声に何かが混じっていた気がした。しかし確認する間もなかった。
「……ハルト、行くぞ」
片倉が静かに言った。
ハルトは、寄り添い合う兄弟に一度だけ背を向け、一歩を踏み出した。
「エジプト。……お前が壊しているのは、数値じゃない。……人の心だ」




