第11話「板挟み」
*将軍は言った。「一歩進め」と。*
>*弟子は言った。「自分で進む」と。*
>*将軍は黙った。*
>――出典不明
第11話「板挟み」
密林の深部は、もはや「道」ではなかった。
泥濘に足を取られ、絡みつく蔦を振り払いながら進む。片倉の《アイアン・ベア》は重厚な馬力で突き進むが、ハルトのヴィンテージ機は砂浜での消耗が響き、真鍮の歯車が軋むたびに金属音を立てていた。
「……ハルト、動きが鈍いぞ」
「大丈夫だ。これくらい……」
強がったハルトの言葉を遮るように、周囲の茂みがざわついた。
バキバキと枝を折る音とともに、三体の機体が姿を現した。北条重工製の量産型。操縦者はまだ人形にされていない受験生たちだ。だが、その瞳には追い詰められた獣のような濁った欲望が宿っていた。
「見つけたぞ。お前らのマブイを差し出せ」
懐のメダルが、呼吸を合わせるように熱を持った。
『……これしきの雑兵、我に任せれば一瞬で塵に帰してやろうに』
将軍の声が、脳の深部で低く告げる。
使えばいい——という考えが、頭をよぎった。あの「三〇」の奇跡を呼び起こせば、目の前の脅威は一瞬で消える。
ハルトの手が、メダルに触れかけた。
止まった。
(……あの「三〇」の後、何が残った?)
空虚さだ。自分が動いたのか、将軍が動いたのか、分からなかった。じいちゃんを取り戻すための力が、自分のものかどうかも。
(なんとなく、使いたくない。理由は分からないけど)
「黙ってろ、将軍」
『ほう。……良かろう。地を這い、泥を啜り、己の無力に絶望するがいい。我は見ていよう』
メダルが沈黙した。熱は残ったまま——ただ、将軍が口を閉じた。
「行くぞ、片倉ッ!」
「分かってる! 囲ませるな!」
激突。三体の量産機が統制の取れた動きで翻弄してくる。
ハルトのヴィンテージ機は加速が追いつかない。一撃を避けるたびに装甲が削られ、火花が散る。
一体が腕を振り上げた。避けた。別の一体が脚部を狙う。捌いた。しかし三体目が側面に回り込んでいた。
「くっ——!」
衝撃が走り、ヴィンテージ機が傾く。
(将軍——)
内心で呼びかけかけて、止めた。
(違う。俺が、やる)
ハルトは歯を食いしばった。計算はできない。将軍の力もない。あるのは五〇〇五とこの機体だけだ。
じいちゃんが歯車を調整していた時の手つきを、思い出した。大きな力はいらない。一ミリのズレ、一秒の遅れを、丁寧に積み上げていく。
敵が腕を振り上げる。その予備動作の「一」を読み、最小限の動きで懐に入る。関節が最も負荷を受けるポイントに、錆びた拳を叩き込む。
大きな光も、驚異的な数値もない。
しかし、ハルトの繰り出す小さな一手が積み重なるたびに、最新鋭の量産機が、足元の地盤が少しずつ崩れていくように動きを乱し始めた。
「な、なんだ!? なぜ当たらねえ……!」
「機体が……言うことを聞かない!?」
最後の一振り。歯車が噛み合う瞬間を指先で感じ取った。ガガッ、と重厚な音が響き、ヴィンテージ機が泥を蹴る。バランスを崩した敵の急所へ、渾身の体当たりを見舞った。
三体の機体が、折り重なるように泥濘に沈む。
「……はあ、はあ……」
操縦席で崩れ落ちるハルト。片倉が《アイアン・ベア》を歩み寄らせ、モニターを覗き込んだ。
「……なあ、ハルト。今の動き、何だ? あんたの機体、まるで生き物みたいに『次』を知ってたぜ」
「……分からない。ただ、こいつが……そう動きたがってるんだって、感じただけだ」
片倉は一瞬呆れたような顔をし、それから小さく笑った。「変な奴。……まあ、助かった。行くぞ、城はまだ遠い」
片倉の機体が先を行く。
ハルトは泥に汚れたヴィンテージ機の装甲を、一度だけ静かに叩いた。
しばらく、何も聞こえなかった。
それから——遠く、しかし確かに届く声で。
『……その答え、悪くない』




