第10話「密林への誓い」
*友情は、マブイに変換できない。*
>*よって、競技上の価値を持たない。*
>――北条重工・競技分析レポート、感情的要因の排除について
第10話「密林への誓い」
湿った空気が、静止した二体の機体の間をぬるりと通り抜けていく。
片倉克也は、拾い上げた写真を指先で丁寧に拭い、胸のポケットの最も深い場所に仕舞い込んだ。その動作には、鉄板を振り回していた荒々しさは微塵もなかった。
「……水前寺巌の孫か」
片倉が、低く掠れた声で言った。《アイアン・ベア》の駆動音がアイドリング状態に落ち、森に静寂が戻る。
「知ってるのか、じいちゃんを」
「模型好きで、あの人の名を知らねえ奴はいねえよ」
それだけ言って、片倉は口を閉じた。それ以上は語らなかった。
ハルトは黙って聞いていた。五〇〇五と五八〇〇。数値に背中を押され、崖っぷちで足掻く者たち。右腕に、その切実な重みが伝わってくる気がした。
「……片倉。一緒に行こう。俺はじいちゃんを、あんたは妹さんを。目的は違うけど、出口はたぶん同じだ」
差し出した右手に、片倉はすぐには応じなかった。一度、重苦しい溜息をつき、乱暴に頭を掻く。
「勘違いするなよ。俺はまだ、お前のマブイを狙ってるかもしれないぜ」
「……いいよ。その時は、またやり合おう」
「……ふん。変なガキだ」
片倉は《アイアン・ベア》を歩かせ始めた。
「死んでも守る、なんて格好いいことは言わねえ。……お前の背中、邪魔にならないように走る。それだけだ」
「……ああ。それで十分だ」
二人は密林のさらに奥へと進んだ。巨大な羊歯の葉を掻き分け、泥を跳ね上げながら。
ハルトの視界の端で、何かが光った。
ドローンではない。もっと静かな、深い意志を湛えた、人の目に似た光。
灰色の作業着を纏った女性の影が、一瞬だけあった。セナ・カミジョウ。次の瞬間には、もう影もない。
(……あの人は、何を見てるんだ)
懐のメダルが、ほんのわずかだけ脈打った。
二人はそのまま歩き続けた。
黄金の城の最上階、外光を完全に遮断したコントロールルームで、エジプトは数多のホログラムモニターに囲まれていた。
画面の一つには、密林を並んで進むハルトと片倉の姿が映し出されている。
エジプトは白銀の髪を指先で弄びながら、慈しむような視線をその映像に向けていた。
「……美しい」
感情の高ぶりはない。最高級の美術品を鑑定するような、冷徹な審美眼。
「美しい。だからこそ、壊しがいがある」
手元のペンダントが黄金色に光る。その光の奥に、魂を抜かれた無数の人形たちの意識が、データの澱となって渦巻いていた。その中に、水前寺巌もいる。
「水前寺くん。君の孫は、どこまで『意志』を保てるかな」
エジプトの唇が、静かに弧を描いた。
哄笑はない。その静寂こそが、この島で最も恐ろしいものだった。




