3話 粗悪品
フリックが龍を暴走させたせいで試験は一時中断となったが、大した被害が出ていないということですぐに試験再開となった。
流石にあれだけのバカをやってしまった以上、フリックは退場こそさせられなかったものの会場の端から黙って見ているだけしか出来なくなったようだ。
俺がいなかったら恐らくそれなりに死人が出ていただろうから、先ほどの件をチャラにするどころかむしろ感謝してほしいものだな。
「試験番号43、アルメス・クロス。前へ」
「はい」
呼ばれたので俺の担当となる試験官の下へと歩く。
そして机に並べられた6枚の呪文カードを指さし、自信があるものを手に取れと試験官は言った。
ふむ、ざっと見た感じ、敢えて分類するならば火、水、風、地、光、闇の魔法といったところか。
もとより魔法に属性という概念はないのだが、確かミネヴィアに説明する上で、人間にとって馴染み深い概念を例に挙げて使ったことがあったな。
恐らく奴はそれを鵜吞みにしてそのままの表現を使用しているのだろう。
そんなシンプルな言葉で表現しきれるほど魔法というのは浅くはないのだが、まあここは奴らのやり方に乗ってみるのも悪くない。
俺は火属性のD級呪文カードを手に取り、少し離れた先にある人形に向けた。
魔力を流せば、呪文カードに刻まれた魔法が起動する。
だが、その出力や性質は使い手の腕次第で多少は変化を持たせることが出来るようだ。
このカードに記された魔法は着火というらしい。
その名の通り、無から火を発生させるだけの実にシンプルでつまらない魔法だ。
「着火」
呪文カードは、刻まれた魔法の名称を口にすることで起動する。
そもそも己のイメージを具現化することが本質である魔法にわざわざ名前を付けること自体ナンセンスだが、いちいち自分の技に名前を付けて喧しく戦闘するかつての人間たちを見ているようで少し懐かしさすら覚えるな。
さて、見せてもらおうか。呪文カードがもたらした人間の魔法とやらを。
「――あ?」
「えぇっ!?」
発生したのは炎ではなく、爆発だった。
しかも人形ではなく、カードが爆発した。
嘘だろ? かなり出力を落としたのに、耐えきれなかったのか?
いくら最低ランクのD級とはいえ、こんなんじゃあ使い物にならないだろう。
おいおい、粗悪品もいい加減にしろよ!
「呪文カードが、爆発……? そんなこと、ありえるのか?」
会場が再びざわつく。様々な反応があるが、皆目の前の光景が信じがたい光景といった様子だ。
ちっ。粗悪品なのは分かっていたから限界まで注ぐ魔力量を落としたというのに、これでも耐えきれないとなればもっと落とさなきゃいけないじゃないか。
クソっ、出力を上げるのは得意だが、下げるのは苦手なんだよ俺は。
なんでこんなくだらないお遊びのためにこの俺が、まるでうっすいガラスの上を割らないように歩くかの如き繊細な調整をしなければならんのだ。
「あー、すいません。ちょっと制御に失敗したみたいです。他の奴試してみてもいいですか?」
「えっ、あ、ああ……」
「よし、次は水か――ダメか。次、風。地。光。はぁ……」
「ちょっ、ちょっと待ってください!! あ、あなたワザと壊しているんですか!? 呪文カードは生半可なことじゃ壊れないはずですけど、それをポンポンと破壊するなんて、いったいどんな手を……」
「あぁ、すみません。あとで弁償するので勘弁してください。それよりも、次がラストチャンスか。集中集中……」
限界まで――いや、限界をさらに超えた底の底まで出力を落とし、呪文カードを起動させる。
壊さないように。それでいて魔法はちゃんと発動するように。慎重に。繊細に。
大きく深呼吸をして、細心の注意を払いながら魔力を注いでいく。
すると呪文カードが淡い紫の光を纏い、次の瞬間、人形の胸のあたりに大きな黒の渦が発生した。
黒の渦は人形の体の大半のを飲み込み、抉り取り、消滅する。
本来は暗闇を発生させて視界を奪う魔法だったらしいが、まあギリギリセーフだろう。
「よし! 成功した!」
悔しいことに、ちゃんと呪文カードを起動することが出来たことに謎の達成感を感じてしまった。
もっと良質な魔法をいくらでも使えるというのに、こんなしょーもない魔法1つ発動させるためにここまで苦労するとは思わなかった。
俺は生まれたときから魔法が使えたから、このような苦労はしたことがなかった。
ある意味新鮮な体験だ。これはこれで存外楽しいじゃないか。
「これでいいですよね?」
「え、あ、ああ……君は闇属性の適性がある、というわけだな。うん」
「まあ、結果としてはそういうことになりますね」
「分かった。もう下がっていいぞ。私は一度、予備の人形を取りに行ってくるから」
「えっと、なんかすみませんね」
「…………」
ぽかんと口を開けていた試験官に声をかけ、とりあえずもとにいた場所に戻ることにした。
周りの奴らからは奇異の視線を向けられたが、下手に反応すると面倒なことになりそうなので無視することにする。
「……彼、どう思います? まさか受験生の身で呪文カードを破壊するなんて、いったい何者なんでしょう」
「分からん。だが、魔力の過剰供給によってカードを破壊した学生は過去に何人かいたらしい。もっとも、何十年も前の話だがな……」
「もしかしたら、彼の固有呪文という可能性もあるかもしれませんね。だとしたら……」
「上が放っておくわけがないだろうな。そうなればまず間違いなく試験は合格だ。そんな逸材、囲わない手はないからな」
「やはりそうなりますよね……」
何やら統括試験官たちがブツブツ話しているが、とりあえず合格らしいから一安心だな。
彼らの言う上とやらが誰なのかは知らんが、少しはマシな魔法を使えると期待していいのだろうか。
少なくとも、俺の知る幼き日のミネヴィアを超えるような逸材と出会いたいものだ。
そうでなくては面白くない。俺は人間の進化が見たかったからわざわざ転生魔法を使ったのだ。
「ふんっ! お前も人のことを言えないようだな!」
「何のことだ?」
「魔法の制御がまるでできていないじゃないか! 何枚も呪文カードを破壊した上なんて、唯一起動した闇属性の魔法も本来のそれとは大きく違うものを創るなんて、よっぽど下手糞と見た」
「あー、まあ、否定はできないな」
「くっくっくっ、ならば先ほどのことも適当な魔法が運良く嚙み合っただけか! 当然だ! 平民如きが皇族である僕の魔法を上回るはずなんてないんだ!」
何故か俺の近くに寄ってきて訳の分からないことをほざくフリックだが、ホッとしたような表情で高らかに笑う様を見る限り、どうやら機嫌が直ったようで何よりだ。
別に俺はこいつと喧嘩がしたいわけではない。嫌われるのには慣れているが、せっかく人間に転生したのだからなるべく多くの人間と仲良くやりたいものだ。
俺は人間が好きだ。なんの面白みもない真っ白で空虚な俺の人生に彩を与えてくれる面白い人間が好きだ。
だから、俺はそういう人間たちの生き様を特等席で楽しみたい。
そのためにも、もっと人間らしい振る舞いを学び、身に着けていかなければ。
「くく、ちょっと楽しくなってきたぞ。なあミネヴィア。お前はこれから俺に何を見せてくれるんだ」
最初こそがっかりしたが、これはこれで悪くない体験が出来そうだ。
こんなことならもっと早く人間に転生すればよかった。
まあ、今からでも遅くないはずだ。第二の人生は人間として、ミネヴィアが遺した世界を堪能するとしよう。
久しぶりに、心に灯がともるような心地よい熱を感じた。




