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プロローグ 魔法使いの始祖

 思えば長い旅路だった。

 力があるくせに引きこもって何もしようとしない隠れ里の連中に辟易して人間の世界に飛び出してから何十年経ったことだろう。

 長命種故に、全体で見ればほんの些細な時間の出来事だが、少なくとも何百年も暮らしたあの狭い空間よりも人間の世界で暮らした数十年間の方がよっぽど濃い体験が出来た。

 だが、飽きた。もはやこの世界で俺が訪れていない人間の集落はほとんどないだろう。そこに住まう人間たちの生き様を十分すぎるほど見た。もう俺はこの世界を満喫しきってしまった。

 だから死のうと思う。元より退屈に耐えかねて里を飛び出した身故、今更ノコノコと帰ったところで追い出されるのが関の山だ。

 俺の姿かたちは人間のそれとは大きく異なる。似た姿に変化することも出来るが、どういうわけか俺の種族は人間たちから酷く忌み嫌われているらしく、顔を見ただけで石を投げつけられることも珍しくない。だから人間の世界で生きていくのは無理なのだ。


 ただ、一人だけ例外がいた。俺の顔を見ても逃げ出さず、恐怖に震えながらも俺に付いてきた幼き子供がいた。

 

「……そういえば、奴は今何をしているのだろうか」


 5年ほど前だろうか。俺は一人の孤児を拾った。賊に村を焼かれたというその少年は、どういうわけか俺の旅に付いてくることを選んだ。

 さっさと適当な大人に預けてしまおうと思ったのだが、何をしても絶対についていくと言い張って聞かなかった。

 どうやら奴は、俺が使う魔法に興味があったらしい。


「教えてください師匠! どうしたら僕も魔法を使えるようになるんですか!?」


 人間という種族は魔力こそ持つが、その魔力を認識できず、制御方法も知らないため、魔法を使う個体が存在しなかった。

 あまりにもしつこいので旅の途中で理屈を説明してやったが、どうにも上手くいかないようで2年経っても奴は魔法を使えなかった。

 俺は指導者という役割を担ったことがない故、あれ以上にうまく説明することはできないから諦めろと言ったのだが、それでも奴は食い下がってきた。

 どうしても魔法を使いたい。人間の世界に魔法の技術をもたらしたいと言って聞かなかった。

 最初こそ旅のお供が出来て少しは楽しめたが、いい加減鬱陶しくなってきたので、俺は奴にあるものをくれてやった。


「師匠、これはいったい?」

「そいつには俺の魔法が刻み付けてある。魔力を通すだけで起動するようにした。これならお前でも魔法が使えるようになるだろう」

「!!!」

「ほら、試してみろ」

「はいっ! ありがとうございますっっ!!」


 それは魔法発動のトリガーを仕込んだ魔法のカードだった。

 腐っても2年以上俺の下で修業してきた奴は、最低限魔力というのがどういうものなのかは理解していたので、カードに魔力を通すことで奴は何もない空間に火の龍を作り出すことに成功していた。


「す、すごい……! これが魔法……!!」

「これで満足したか。ほかにも何枚かくれてやる。せいぜい好きなように楽しめ」

「ほんとですか!? こんな素晴らしいものがあるなんて……やっぱり師匠はすごいです!!」

「ふん、こんなものただの玩具に過ぎん。過信するな」


 その日、世界で初めて人間の魔法使いが誕生した。

 オリジナルの魔法には劣るが、それでもなお人間離れした魔法のカードの力を手に入れた奴は、それからというもの、毎日のようにカードの研究に明け暮れた。

 それこそ、俺が次の場所へ旅立つと言っても自分は残って研究すると言い出す程にな。


「……奴は人間の世界に魔法の技術をもたらしたいと言っていたな」


 だが、奴と別れてから2年ほど旅をしたが、いまだに魔法を使う人間に一人も出会っていない。

 奴の研究はまだまだ実っていないようだ。


「死ぬ前に奴の研究成果だけでも見ておくのは悪くない、が……」


 それにはこの退屈になった世界であと何十年も待たなければならないだろう。

 無論、待てなくもない。だが、それよりも手っ取り早い方法を思いついたぞ。


「……転生魔法でも試してみるか」


 転生魔法。それは己の知識や記憶を世界に保存し、将来的にこの世界に生まれてくる別の生命体に引き継ぐ魔法。

 簡単に言えば、今すぐに未来の世界に飛べるというわけだ。

 試したことはないが、出来るだろう。俺が生まれた里の長は、何度も転生して数万年以上生きていると言っていた。ならば同じ種族である俺にできない道理はない。

 まあ、失敗したらそれはそれでいい。元より未練などないのだから。


「……ふん。俺の弟子を名乗るなら、せめて俺が退屈しない世界を創っていてくれよ」


 そう呟き、俺は自身の胸に手を当て、ためらうことなく転生魔法を起動した。

 視界が真っ白に染まっていく。俺という存在が世界に溶けていく。

 さて、目覚めた先は果たして虚無か、それとも……


 ♢♢♢


「ちょっと! アルメス! なにボーっとしているのよ。もたもたしていると試験に遅れちゃうわよ!」

「……試験?」


 次に意識が覚醒すると、俺は見知らぬ人間の女に小言を言われていた。

 体に違和感がある。扉のすぐ横にあった鏡を見てみると、そこにいたのはおよそ10歳前後の人間の子供だった。

 ふむ、ちゃんと予定通り人間に転生できたらしいな。

 だが本来は生まれた瞬間に記憶の引継ぎが行われるはずだ。少々失敗したか。

 とはいえ、この体にはこれまでの記憶が宿っているだろうから、それをたどれば今の状況などすぐに理解できる。

 

「そうよ! ミネヴィア魔法学園の入学試験、あんたが行きたいっていうから何とか学費を工面したんだから、しっかり頑張ってきなさい!」

「ミネヴィア、だと……?」

「もう、いったいどうしたのよ。急に立ち止まったかと思えば、なんか雰囲気もちょっと変わっちゃって……もしかして体調を崩したの? それなら無理させるわけにはいかないけど……」

「……ううん、大丈夫だよ母さん。行ってくる」


 いろいろと違和感はあるが、とりあえず記憶の中にあるこの体の持ち主の振る舞いを真似してこの場を離れることにした。

 まあ元の持ち主と言っても、前世の記憶の反映が遅れただけで生物的には俺と同一存在なのだが。

 とりあえず、俺はアルメスという名の辺境の農家の息子に転生したらしい。

 そして幼いころから魔法に憧れがあったため、より専門的な知識を学ぶために魔法学園の入学を希望したようだ。


「くく、それにしても()()()()()魔法学園とは面白い。奴も大成したものだな」


 孤島にあるという魔法学園に向かう船の上で、俺はあの男の存在を思い返していた。

 そう、ミネヴィアとはかつての旅のお供。勝手に俺のことを師事し、魔法の研究に躍起になっていたあの子供の名前だ。

 今があれから何年後かは知らないが、どうやら人間の世界に魔法を普及させることには成功したらしい。

 魔法を使いたいのにさっぱり分からないと毎日のように喚いていたあの子供が、学園の名を関するようになるとは、人間の成長とは侮れんな。大したものだ。

 

 船を降り、試験会場へと向かう前に暇つぶしがてら島を歩く。

 どうやらこの島が丸ごと学園都市になっているようで、ここにいるのは大半が学園関係者のようだ。

 ちなみに引率の大人が同じ受験生と思しき子供たちを連れて受験会場に向かっているようだが、俺はこっそり抜け出してきた。

 そして船が到着した港と反対側の端へと到達したところで一息ついていると、

 

「あああああ!! お願い! みんな逃げてえええええっっっ!!」

「ん?」


 どこからか女の叫び声が聞こえたので上を向いてみると、そこには巨大な火の龍が大口を開けて俺のことを飲み込もうとしていた。

 なかなかの熱量だ。まだ直接触れていないのに皮膚が焼けるような感覚に襲われる。

 少し視線を落とすと、右手で何かを掲げたまま大慌てでこちらに走ってくる少女の姿が目に入った。


「……大方魔法の練習をしていたら制御に失敗して暴走させてしまったってところか」

 

 まあ、子供ならばそういうこともしばしばあるだろう。

 大した魔法ではないので俺は火の龍に向けて軽く手をかざし、その巨体を瞬時に消し飛ばした。

 すると先ほどまで全力疾走していた少女が、俺の目の前で急停止し唖然としていた。


「え、うそ、あなた、今何したの……?」

「何って、魔法無効化(ディスペル)しただけだけど」

「ええっ!? いくら私が未熟とはいえ、A級呪文(スペル)カードを無効化するなんて、あなたどれだけ強力なカードを持ってるのよ……もしかして伝説のS級魔法カード!?」

「……は? A級だのS級だのと、いったい何のことを言っているんだ?」

「もうっ、惚けちゃって! あれだけ強力な魔法を打ち消す魔法を使うには、それだけレアリティが高い呪文(スペル)カードが必須でしょ! A級魔法を無効化できるカードなんて特A級以上は確実じゃない!」


 いったいこいつは何を言っているんだ。呪文(スペル)カードとはいったい何を指している? もしかして俺があの時ミネヴィアにくれてやったあの魔法カードに何か関係性があるのか?

 少なくとも俺が知っている魔法カードは、あの時ミネヴィアにくれてやった玩具しかない。


「……ちょっとその火の龍の呪文(スペル)カードを見せてくれないか?」

「えっ? それは、うーん……じゃあ交換条件! あなたのカードを見せてくれるなら私も見せるわ! どう?」

「……分かった。それでいいから、とりあえず見せてくれ」

「やった! それじゃあ、はい、見るだけよ?」


 そう言って少女は手のひらに乗せた1枚のカードを俺に見せてきた。

 なんてことだ。こりゃあ、俺が作ったカードにそっくりじゃねえか。材質はちょっと違うが、仕組みはほとんど同じだろう。

 だが、あいつにくれてやったものとは刻まれている魔法が違う。

 まさか、あの野郎……


「ほんとは気軽に見せちゃいけない大事なカードなんだけど、それよりもA級魔法を消せるカードへの興味が抑えられない……ねえ、もういいでしょ! さ、あなたのカード見せて!」


 ブツブツと何かをつぶやいていたかと思えば、今度は目を輝かせながら俺に期待の視線を向ける少女。

 当然ながら俺は呪文(スペル)カードなんてものは必要がないので、彼女が期待しているようなものは所有していないのだが、その仕組みは先ほど見せてもらったおかげで理解した。

 要はあれよりも強力な魔法無効化(ディスペル)のカードが見たいのだろう。ならば今創って見せてやればいいだろう。


「ほら、はやくはやく!」

「……分かったよ。これでいいだろ?」

「……!! こ、これはっ……」


 俺が手のひらの上に作ったばかりのカードを乗せてみせると、彼女は唇が触れるんじゃないかという距離まで接近し、カードを凝視した。

 大したものじゃないんだからそんな食い入るように見られても困るんだが、舐めるような視線を外そうとしない。


「すごい……すごいわ! 見たことないカードだけど、さっと見ただけでもA級以上……前に本で見たS級カードにそっくり……うぅ、欲しい……隅々まで観察したい……」

「あの……」

「あっ、ご、ごめんなさい。決して奪うつもりじゃないの! でも、でも!」

「これが欲しいならあげるよ?」

「……は?」

「ほら」

「え、ちょっ……ええっ!!?」


 あの時のミネヴィアに近しいものを感じたので、作ったばかりのカードをくれてやることにした。

 しかし受け取ったはいいものの、何故かぽかんとした表情でこちらを見る少女。

 なんだ、思っていたものと違って不服なのか?


「こ、これ! くれるって、本当にいいの!?」

「いいから渡したんだけど」

「で、でも! これからあなたこの魔法使えなくなるのよ!? 魔法使いにとって呪文(スペル)カードは、命の次に大事なものなのに……! それをそんなあっさりと……」

「いや、別に使えるけど」

「……は? え? 今なんて……?」

「いや別に、そのカードがなくても魔法無効化(ディスペル)は使えるって言ってるんだけど」

「も、もしかして! 予備のカードを持ってるってこと!? こ、こんな貴重なカードの予備があるなんて……あなたもしかして、どこかの大金持ちの子供だったり……?」


 なるほど、読めてきたぞ。

 というか、今の会話でほぼ核心に至った。

 ミネヴィアの野郎、人間に魔法を普及させるとか言っていたが、奴が普及させたのは魔法そのものじゃなく、魔法カードの方だったのか。

 おそらく奴は俺がくれてやった魔法カードを解析し、複製したのだろう。

 だから肝心の自力で魔法を発動させるという発想それ自体が今の時代の人間にはない。

 それならこの少女の言っていることに納得がいく。


 てっきり魔法カードから魔法そのものの仕組みを解析、理解して人間なりのやり方を確立して広めたとばかり思っていたが、まさか玩具の複製で甘んじていたとは……

 正直、少しがっかりした。奴の研究も少しは手伝ってやったし、魔法の基礎は全て教えたつもりだったからな。

 しかもあんなショボい魔法を高く評価している時点で、レベルも相当落ちていると考えるのが自然だ。


「ま、まあいいわ! くれるって言うなら遠慮なくいただくわね! もう”やっぱなし!”は聞かないから!」


 あんなものを大事そうに抱えている時点で、今の人間界は俺が期待していたものからは遠く離れていることだろう。

 何というか、少し裏切られたような気分だな。

 まあ、勝手に期待した俺が愚かだったというだけのことか。


「ところであなた、名前は?」

「……アルメス」

「アルメスね! あたしはミストリア! よろしくね!」


 白銀の髪を靡かせる少女、ミストリアが笑顔で手を差し出してくる。

 あんなものでご機嫌になるとは、という気持ちと、こうして素直に好意的な態度をとられるのも久しぶりだという気持ちが交差した結果、俺はその手を握ることにした。

 想定したものとは大きく異なるが、これはこれで少しは新鮮な気持ちを味わえるかもしれない。

 呪文(スペル)カードという玩具を手にした人間界が今どのようになっているのか、もう少し見て回ってもいいかもしれないな。


 死ぬのはそれからでも遅くはない。


 

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