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エピローグ ヘレン

戦争が終わったあと、

ヘレンは、しばらく弓を引けなかった。


指が、覚えているのに。

心が、動かなかった。


人が倒れる音。

血の匂い。

そして――腕の中の温もり。


それが、消えなかった。


――――――


彼女は、村を転々とした。


英雄でもなく、

復讐者でもなく。


ただの、旅人として。


子どもに弓を教え、

獣を追い、

夜には焚き火のそばで眠った。


名前を聞かれれば、答えた。


「ヘレン」


それ以上は、語らなかった。


――――――


ある日、小さな村で、

子どもが聞いた。


「ねえ」

「人を、殺したことある?」


ヘレンは、少し考えてから答えた。


「あるよ」


子どもは、怖がらなかった。


「後悔してる?」


ヘレンは、空を見上げた。


あの日と同じ、静かな空。


「……ううん」

「忘れないだけ」


――――――


彼女は、墓を作らなかった。


代わりに、

ロズワルドが倒れた場所に、

小さな木を植えた。


名前も刻まない。


ただ、

風が通り、

鳥が休める場所。


そこに、時々立ち寄って、

独り言のように話す。


「今日は、平和だったよ」

「ちゃんと、眠れてる」


返事は、ない。


でも――

それでよかった。


――――――


やがて、ヘレンは弓を引くようになった。


誰かを憎むためじゃない。

守るためでもない。


生きるために。


彼女は知っている。


一人では、越えられない夜があること。

でも――

二人なら、確かに越えられたことを。


その記憶が、

彼女を前へ進ませた。


――――――


焚き火のそばで、

ヘレンは、手を見つめる。


もう、誰もいない腕の中。


それでも、

忘れられない温もり。


「……行ってくるね」


そう呟いて、

彼女は立ち上がる。


世界は、まだ続いている。


そして――

彼女もまた、

生きていく。

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