第16戦 走り去る影
作戦は、静かに始まった。
ケビンが、走る。
風を裂き、地を蹴り、姿を消す。
「来い……!」
ワイバーン――マイクが、反応する。
空を旋回し、獲物を見定める。
「逃がすな!」
「追わせろ!」
ケビンは、低空を維持する。
あえて、遅く。
あえて、見せる。
炎が、背後をかすめる。
熱が、皮膚を焼く。
――止まるな。
――考えるな。
「……ここだ!」
罠の地点。
ワイヤーが張り巡らされた峡谷。
マイクが急降下する。
その瞬間――
「今だ!」
爆音。
地面が崩れ、岩が落ちる。
ワイバーンの翼が絡め取られ、地面に叩き落とされる。
「地上に引きずり下ろした!」
ライアンが突進する。
ライオンの力を全開にし、顎を打ち砕く。
エリックの注射弾が、至近距離で撃ち込まれる。
「――過剰投与!」
マイクの身体が、痙攣する。
再生が追いつかず、崩壊していく。
最後に、ワイバーンは吠えた。
空を失った、断末魔だった。
「……撃破、確認」
勝った。
確かに、勝利だった。
――――――
だが、次の瞬間。
「……っ、来るぞ!」
地面が、砕ける。
ガーゴイル――ダン。
分断された怒りが、地上を支配する。
「ケビン、戻れ!」
ライアンが叫ぶ。
だが――
ケビンは、止まらなかった。
心拍が、限界を超える。
視界が、赤く染まる。
「……まだ、足りない」
ワクチンを、打つ。
さらに、打つ。
理性が、削れていく。
――――――
ケビンは、ガーゴイルに突っ込んだ。
速さで翻弄し、死角を突く。
本来なら、連携が必要な相手。
だが――
「……吠えるな」
声が、低く歪む。
拳が、石を砕く。
ありえない力。
「ケビン……?」
ライアンが、違和感に気づく。
「下がれ!」
「もう……戻れ!」
返事は、咆哮だった。
ガーゴイルの頭部が、砕ける。
過剰な力で、心核ごと潰された。
撃破。
だが――
「……次は、誰だ」
ケビンの目が、完全に獣の色になる。
――――――
ライアンは、剣を構えた。
「……来い」
「止める」
激突。
速さと、力。
かつての仲間同士の戦い。
「ケビン!」
「思い出せ!」
拳が、腹を貫く。
ライアンが、膝をつく。
「……終わりだ」
ケビンが、とどめを刺そうとした、その時――
「やめて!!」
ヘレンの声が、響いた。
涙で、歪んだ声。
「お願い……」
「戻って……」
「あなたは、怪物じゃない」
「私が……見てる……!」
その言葉が、
風を切る音よりも速く、
ケビンの胸に突き刺さった。
「……ヘレン……?」
獣の視界が、揺らぐ。
「……俺、何して……」
拳が、止まる。
「……危なかったな」
ケビンは、ライアンから離れた。
――――――
静寂。
勝利したはずの戦場に、
誰も、喜ばなかった。
ケビンは、震える手を見る。
「……また、戻れなくなる」
「次は……君を、傷つける」
ヘレンが、首を振る。
「行かないで……」
ケビンは、微笑んだ。
泣きそうな、笑顔だった。
「だから、行くんだ」
一歩、後ろへ。
「俺は……」
「走ってる間しか、人でいられない」
次の瞬間、
ケビンは、消えた。
追えない速さで。
振り返らずに。
――――――
ライアンは、立ち上がる。
勝利の代償は、あまりにも重かった。
ヘレンは、その場に崩れ落ちる。
「……嘘つき」
走り去る影に、声は届かない。
空は、静かだった。
ワイバーンは、もう飛ばない。
それでも――
失ったものは、戻らなかった。




