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第12戦  それでも、人でいるために

夜は、思ったより静かだった。


野営地の外れ。

焚き火の残り火が、赤く揺れている。


ヘレンは、弓の弦を張り直していた。

指先は慣れているはずなのに、微かに震えている。


「……また、狙いが逸れてたな」


声をかけたのは、ケビンだった。

彼は少し離れた岩に腰掛け、空を見上げている。


「分かってる」

ヘレンは答える。

「でも、あれ以上前に出たら……足が動かなくなる」


ロズワルドの姿が、脳裏をよぎる。

あれは戦いではない。

災害だった。


「怖いんだ」

ヘレンは、正直に言った。

「適合兵も、共和国軍も……全部」


少しの沈黙。


「それでいい」


ケビンの声は、驚くほど穏やかだった。


「俺も、怖い」


ヘレンが顔を上げる。


「速いのが取り柄だって言われてるけどさ」

「止まったら、考えちまう」


焚き火の赤が、彼の顔を照らす。

その表情は、兵士でも半獣でもない。


ただの、若い男だった。


「ワクチン、いつまで持つと思う?」

ケビンは、独り言のように言う。


ヘレンは答えられない。


「俺さ……」

「怪物になる夢を見るんだ」


一瞬、言葉が詰まる。

それでも、彼は続けた。


「目が覚めた時、誰かを殺してる」

「顔が……分からない。でも、泣いてる」


ヘレンの胸が、締めつけられる。


「それで思うんだ」

「速く動いてる間は、人でいられるって」


止まったら、終わりだ。

考えた瞬間に、自分が壊れる。


「……ケビン」


ヘレンは、立ち上がり、一歩近づいた。

だが、そこで止まる。


触れられない。

何かを越えてしまいそうで。


「私は……」

「戦えない。能力もない」


声が、震える。


「でも、見てる」

「あなたが、人でいようとしてるの」


ケビンは、ゆっくりとこちらを向いた。


「それで、十分だ」


彼は笑った。

いつもの軽い笑いではない。


「誰かが見てくれてるなら」

「俺は、まだ戻れる気がする」


ヘレンの目に、涙が滲む。


「……戻って」

「怪物にならないで」


その言葉に、ケビンは一瞬だけ目を伏せた。


「約束はできない」

「でも……努力はする」


それが、彼の精一杯の誠実だった。


――――――


遠くで、ライアンが二人を見ていた。


何も言わない。

止めもしない。


分かっている。

この静けさは、長く続かない。


怪物になる未来と、

それを見送るしかない人間。


その間にある時間は、あまりにも短い。


焚き火が、静かに消える。


それでも彼らは、その夜だけは、

確かに“人”だった。

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