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守るべきもの

掲載日:2026/01/03


だから殺したんだ。


私を守るために……


—これは、私が選んだ結末だ。


夜の闇に、彼女の足音だけが溶けていった。


その罪を、誰かのせいにはしない。


優香は振り返らなかった。



もうすぐ、ここにも来るだろう。

遠くで、サイレンの音がした。


彼女はドアを開け、夜の冷気に身を晒す。

「じゃあ安心だ」


男は少し考えてから答えた。

「もう落ちてるんじゃないか」

優香は、ふっと笑った。


「ねえ」

優香は目を開けずに言った。

「人を殺した人間は、地獄に落ちると思う?」



『お前が悪い』

その言葉が、最後に聞いた声だった。




思い出すのは、床に落ちた携帯。

割れた画面。

震える指。

そして——彼の声。



優香はシートに背中を預け、目を閉じた。


ただ、事実としてそこにあった。


沈黙が落ちる。

それは重くもなく、軽くもない。


「後悔はね、殺したことじゃない」

助手席の男が、彼女を見る。

「もっと早く、やらなかったこと」


男はようやく口を開いた。

「……後悔は?」

優香は少し考えたふりをして、首を振った。


優しくなったり、泣いたり、謝ったりしながら。

「次はないから」

次は、必ずあった。


理由はどうでもいいことだった。

酒が切れていたとか、機嫌が悪かったとか。

そんな理由で人は、他人の人生を踏みにじる。

警察に行けばよかった?

逃げればよかった?

周囲は皆、そう言った。

でも、逃げた先にも彼は来た。


3年前。

最初に殴られた夜のことを、優香は今でもはっきり覚えている。



優香はフロントガラス越しに、さっきまでいた街の灯りを見ていた。

あの灯りのどこかに、彼女が“守られる前の自分”を置いてきた気がしていた。



ただ、ダッシュボードに置いた血のついた手袋から、ゆっくりと視線を逸らした。


エンジンは切ってある。

ラジオもつけていない。

聞こえるのは、冷えた空気がボンネットを撫でる音だけだった。

「……守る、ね」

助手席の男は笑わなかった。

否定もしなかった。


本当は、助手席に誰かがいたかどうかさえ、優香にはもう確信がなかった。


オレンジ色の火が夜の国道に一瞬だけ浮かび、すぐ闇に飲み込まれる。


だから殺したんだ。

私を守るために……

優香はそう吐き捨てて、タバコを車外に弾いた。









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