第八話 三王子の宣言──正統を名乗る影と、第一王子の後悔
王国暦842年 十日目──
血に染まった王都を三つの軍が離れた。
王妃派は本拠地の西方へ退却
辺境伯派は東から北方へ撤収
国王派は王宮に立て籠もり、西方と北方へ防衛線を張る
すでに王都は“空洞化”し、
王国は完全に三つへ割れた。
そしてこの日から、後世の歴史家は
「三王子時代」
と呼ぶ。
◆◆ 三つの“王太子”が誕生した日
◆王妃派──セドリック(次男)
西部の要衝、侯爵領城塞「白塔城」にて、
王妃派の貴族たちはこう宣言する。
王妃派代表
「王が昏睡の今、次男セドリック殿下こそ、
正妃の血を継ぐ正統なる王太子である!」
セドリック
「私は……争いなど望まぬ。
だが、国がこのまま崩れることも許せない」
その眼差しには、
静かだが揺るぎない覚悟が宿っていた。
◆国王派──アレク(末王子)
王宮に立て籠もった国王派は、
寵姫を中心に宣言した。
寵姫
「陛下が目覚めぬ以上、
アレクこそ唯一の王太子!!
これは陛下の“意を継ぐ者”です!」
国王直属軍は既に半壊していたが、
寵姫の勢いだけは止まっていなかった。
アレク
「母上……僕は……本当にそんな器では……」
寵姫
「大丈夫ですわ! あなたはやればできる子です!!」
アレクの顔は引きつっていた。
◆辺境伯派──レオンハルト(第一王子)
北方辺境の城塞「氷壁砦」。
そこに逃げ延びた第一王子レオンハルトは、
辺境伯と北方軍閥に押し出される形で宣言した。
辺境伯
「第一王子殿下こそ、
建国の血脈を継ぐ正当な王太子である!!」
兵たち
「殿下、万歳!!」
レオンハルトは震えていた。
レオンハルト
「わ、私は……
本当に王の器では……」
辺境伯は殿下の肩を掴み、強く言った。
辺境伯
「殿下。
“器”ではない。
今、お前が立たなければ北方は滅ぶ!!」
殿下はその言葉に押しつぶされそうになりながら、
ついに呟いた。
レオンハルト
「……わかった。
私が……“王太子”だ……」
こうして
三人の王子が同時に王太子を名乗る異常事態
が成立した。
◆◆ そして、第一王子の後悔
氷壁砦の寒気は、心までも凍らせる。
その夜。
レオンハルトは、亡くなった兵の名簿を見ていた。
戦死者の中に、
一際見慣れた名があった。
──イルヴァン・ラドフォード
(幼少期からの親友、子爵令息)
レオンハルト
「……嘘だろ……イルヴァン……
なぜ……
なぜお前まで……」
幼い頃から剣も学問も共にした友。
殿下が唯一“気を許せる存在”だった男。
リリア
「殿下……お辛いでしょうけど……」
レオンハルト
「いや……違うんだ……
辛いとか……悲しいとか……
そういう問題じゃない……」
殿下は手で顔を覆った。
レオンハルト
「私が……婚約破棄なんてしなければ……
エレオノーラにあんな愚かなことをしなければ……
王妃と寵姫が争う理由も……
侯爵が殺される理由も……
イルヴァンが死ぬ理由も……
何も……何もなかったんだ……!」
リリアは言葉を失った。
レオンハルト
「私の“一言”が……
この戦を……招いたのか……」
その声は、
王子としての威厳など一欠片もない。
ただ一人の青年が
自分の罪の重さに押しつぶされる音だった。
◆◆ レオンハルト、涙と共に誓う
夜が更けても、殿下は泣き続けていた。
レオンハルト
「イルヴァン……すまない……
本当に……本当に……
すまない……」
涙は止まらなかった。
しかし、
その涙の底に、
一つの小さな火が灯り始めていた。
レオンハルト
「……もう……逃げない。
どれほど愚かでも……
どれほど嫌われていても……
私が……私自身が……
“責任”を果たすしかない……」
辺境伯は静かに頷いた。
辺境伯
「殿下。その言葉こそ……
王としての第一歩だ」
三王子の中で最も軽率だった第一王子が、
最も深く後悔し、
最も重い決意を抱いた夜だった。
しかし、
その決意が後に王国全土を揺るがす大火となることを、
この時の誰も知らなかった。




