第四話 議会崩壊──侯爵、凶刃に斃れる
王国暦842年 六日目──
議会は、誰が見ても異様だった。
長机が三つに分断されるように配置され、
王妃派、国王派、辺境伯派の代表者が
互いに視線を合わせることすら避けていた。
空気は既に“議会”ではなく
“戦場の前夜”と呼ぶべき重さだった。
私は王妃に付き従い、議場の隅に座っていた。
議長が震える声で開会を告げた。
議長
「え……え……議会を……始め──」
その瞬間だった。
⸻
◆◆火種
国王派の重臣が立ち上がった。
「王太子は末王子アレク殿下が相応しい!
この場で承認を──!」
すかさず王妃派の重臣が怒鳴る。
「正統は正妃の実子だ!その才能あふれるセドリック殿下こそ王太子にふさわしい!
陛下は寵姫に惑わされているだけだ!」
辺境伯派の若き将軍が机を叩く。
「正妃の実子であり、長子であるレオンハルト殿下こそ正当の継承者だ!」
もう議論ではなく叫び声だった。
机が倒れ、兵が動こうとする気配。
議会の衛兵たちが慌てて抑え込む。
議会は、完全に崩壊し始めていた。
⸻
◆◆侯爵、立つ
その混沌を一喝したのは──
王妃の兄であり、王国最大軍閥の長、侯爵だった。
侯爵
「静まれ!!」
その声は雷鳴のように議場を割った。
侯爵
「陛下が何を宣言しようが、
王国の根幹は“正妃とその血”にある。
これを否定するならば、陛下とて王ではいられぬ!」
国王派が一斉に反発し立ち上がった。
国王派重臣
「不敬だ! 侯爵、陛下を愚弄するか!」
侯爵は一歩も引かない。
侯爵
「愚弄ではない。
この国を守るための忠言だ!」
辺境伯派の若き将軍も立ち上がる。
若き将軍
「しかし侯爵殿、
古い継承の在り方はすでに時代遅れでは──」
侯爵
「黙れ!!
王家の継承を時代で語るな!
それは国家の柱だ!!」
その瞬間だった。
議場の空気が……変わった。
ぞくり、と背筋を撫でるものが走る。
私は気づいた。
誰かが、動いた。
⸻
◆◆凶刃
叫び声が上がるより先に──
金属が風を裂く音がした。
ひゅッ──。
議場の中心、侯爵の胸に、
一本の短剣が深々と突き刺さっていた。
時間が止まった。
侯爵
「……っ……」
王妃
「兄上!!」
血が溢れ、侯爵は膝をついた。
衛兵たちが一斉に剣を抜き、
議場は悲鳴と怒号で満たされた。
「暗殺だ!!」
「どこからだ!?誰だ!?」
「刺客を探せ!!!」
侯爵の側近が慌てて抱き留めるが、
血は止まらない。
私は震える手で口を押さえた。
視界が揺れる。
侯爵の視線が、王妃を捉える。
侯爵
「……守……れ……妹よ……
“正統”……だけは……」
その言葉と共に、
侯爵の身体は崩れ落ちた。
王妃
「兄上ぇぇぇぇ!!ああああああ!!」
議場に響く、悲痛な叫び。
王国最大軍閥の長──
王妃の実兄──
国家の柱と呼ばれた男が、
議会の中心で、凶刃に斃れた。
⸻
◆◆議会、血に染まる
衛兵たちと議員たちが入り乱れ、
剣が抜かれ、机が倒れ、
議会は完全に戦場と化した。
誰が敵で、誰が味方なのか。
もう区別はつかない。
国王派は「王妃派の自作自演だ!」と叫び、
王妃派は「陛下の刺客だ!」と怒鳴り、
辺境伯派は剣を抜き、防衛態勢に入った。
怒号。
血。
悲鳴。
議場は、王国の歴史で初めて
“政治の場”から“殺し合いの場”へ変わった。
その中心で──
侯爵の血だけが静かに広がり、
紅い湖を作っていた。
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◆◆王国、戻れぬ地点を越える
その夜、宮廷は震えた。
•王妃は兄を失い、
•侯爵家は指導者の急死で混乱し、
•国王派は勝機を叫び、
•辺境伯派は軍を招集し、
•第一王子は何も知らずに庭園を歩いていた。
王国は、この一日で
完全に“内乱前夜”へと踏み込んだ。
誰の手にも、
もう止められなかった。




