第三話 割れる軍閥──三つ巴の胎動
王国暦842年──婚約破棄から五日後。
宮廷の空気は“緊張”を超え、
すでに“ひび割れ”の領域に入っていた。
しかもそのひびは、王家だけでなく、
最大の軍閥・侯爵家派閥そのものにまで走り始めていた。
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◆◆侯爵家で起きた、予想外の“亀裂”
王妃の実家である侯爵家は、
王国最大の軍団を持ち、
歴代王を支えてきた「影の王家」とまで呼ばれる名門。
その侯爵家が──
ひとつの議論で割れた。
会議室には重い空気が満ちていた。
侯爵(当主)
「国王は末王子アレクを王太子にしようとしている。
これは正統の破壊だ。
我らは断じてこれを認めん」
側近たちは頷く。
だが、その場に座る“若い将軍”が反論した。
若き将軍
「しかし、殿下の“正統性”とは何でしょう?
王家の内情はすでに腐敗しております。
王を変えるべきは、むしろ今なのでは?」
当主の目が鋭く光る。
侯爵
「……誰の案なのだ、それは」
若き将軍は静かに答えた。
若き将軍
「第一王子殿下です。
その師匠である辺境伯も、我らに歩み寄りたいと。」
室内の空気が凍りついた。
侯爵
「……何だと?」
若き将軍
「辺境伯は“正妃派だけで王家を動かす時代は終わった”と。
王妃は誠実だが、
いま国王に抗すれば国家を割る、と」
会議室がざわつき、
重鎮たちの表情が揺れる。
侯爵は机を叩いた。
侯爵
「この家を、王妃から離反させる気か!!」
若き将軍
「離反ではありません。
“改革”です。当主、あなたはいつまで旧体制にしがみつくのです?」
重鎮のひとりが呆然と呟く。
「……まさか、侯爵家が“内部対立”を起こすなど……」
だが、現実は容赦なく進む。
侯爵派閥は、この日を境に
王妃派(旧貴族)と辺境伯派(第一王子派)に真っ二つに割れた。
そして王妃自身も驚愕し、
その夜、側近にこう漏らしたという。
「……侯爵家が裂けたら、国はもう元に戻りませんわ」
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◆◆王妃派 vs 国王派 vs 辺境伯派
王国は一気に三つに分かれ始めた。
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◆【王妃派(旧侯爵家・公爵家)】
王妃+当主系侯爵家+公爵家+古い名門貴族たち。
領土は“王都とその周辺”に加え、
侯爵領を含む王国西方面の大部分。
最大勢力。だが……裂け始めている。
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◆【国王派(寵姫+新興領主+国王軍)】
国王+寵姫家系+新興貴族+国王直属軍。
王権と経済を握る勢力。
最大版図とは言わないが、
国王と身分の低い寵姫の大恋愛が大々的に喧伝されたため、国民の支持が高い。さらに金鉱等を握っているため、金の配分だけは侮れない。
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◆【辺境伯派(第一王子+北方軍閥)】
第一王子レオンハルトの“唯一の後ろ盾”となった辺境伯家。
北方軍閥は歴戦の軍人たちであり、
何より“王妃派の兵とは質が違う”。
武力は強い。
しかし数は少ない。
だが、この派閥が最も“危険”だった。
なぜなら、殿下自身が自分の地位を理解していなかったからだ。
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◆◆王宮──知らぬは第一王子のみ
その日の夕刻。
庭園で殿下はリリアの手をとって笑っていた。
「リリア、見ろ。
皆、我々を祝福してくれる!」
……祝福など、どこにもない。
庭園の侍女たちの視線は冷たく、
騎士たちは遠巻きに目を逸らしていた。
殿下は気づかない。
いや、気づこうとしない。
リリア
「殿下……本当に、王位は……大丈夫なのですか?」
殿下
「当たり前だ!
私は王太子だ。王になる男だ!」
その声は、ただの自己暗示だった。
私は陰からその姿を見て、
胸の奥に冷たいものを覚えた。
公爵家の支援も失い、
侯爵家も割れ、
辺境伯は自分の派閥作りに奔走し、
王妃と国王は激突寸前。
そんな中で殿下だけが、
“まだ自分が中心にいると思っていた”。
まるで、沈みかけた船の上で
一人だけ空を見ているようだった。
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◆◆宮廷全体が“動き出した”
その夜、議会は開かれた。
しかし議場に入ったとたんに理解した。
もうそこは「議会」ではなかった。
王妃派と国王派が睨み合い、
辺境伯派の重鎮が席を割って座る。
誰が味方で、誰が敵か。
もう線すら引けない。
文官長が震える声で開会を告げる。
文官長
「こ、これは……王国始まって以来の……」
侍従のひとりが呟いた。
「……もう戻れねぇな」
誰も聞いていないようでいて、
全員が聞いていた。
王国は、この日を境に
三つの巨大勢力が正面からぶつかる運命に入った。
そしてその中心にいるはずの第一王子は──
その事実をまだ何も知らなかった。




