第十六話 一旦の和平──そして北方の怒りの中へ
王国暦842年 十九日目。
玉座の間での混乱は、王の命によりなんとか収束した。
セドリックは“王国の調停役”として指名され、
三勢力は戦闘を停止。
寵姫も国王の前では沈黙を守り、
会談は辛うじて成立した。
だが――
誰も“完全な和平”とは思っていなかった。
あくまで「一旦の沈静」。
嵐が止んだわけではない。
そして、
第一王子レオンハルトの運命が
最も大きく動く。
◆◆ 第一王子、王都を離れる
会談後の控えの間。
医師と辺境伯がレオンハルトの前に立った。
医師
「殿下……王都での療養は困難です。
王妃派と寵姫派の双方が“殿下を監視”しています」
辺境伯
「……殿下。北へ戻りましょう。
氷壁砦ならば守りも固い。
治療もできる」
レオンハルトは静かに頷いた。
レオンハルト
「……わかった」
しかし、その表情には
深い不安が滲んでいた。
レオンハルト
(北へ戻るということは……
“彼ら”と向き合うということだ)
戦で家族を亡くした者。
友を喪った兵士。
北方軍にいたはずの仲間たち。
彼らは――
殿下の“軽率な婚約破棄”と“逃亡”が
戦の発端だったと知っている。
逃げ場のない罪悪感が胸を締め付けた。
◆◆ 北へ向かう馬車
王都を離れる馬車の中で、
リリアがそっと殿下を支えた。
リリア
「殿下……怖いんですね」
レオンハルト
「……ああ。
民が……私をどう思うか……
怖いんだ」
リリア
「……でも、それを正面から受け止めようとしている殿下は、
昔の殿下とは違います」
レオンハルト
「違わなければ……いけない。
私のせいで、みんな死んだのだから」
その瞳は、
覚悟と後悔の底で揺れていた。
◆◆ 辺境伯領、氷壁砦
北方へ着いた瞬間から、
空気が変わった。
兵士たちは深刻な顔で殿下を見つめ、
村人たちは遠巻きに視線を投げてくる。
辺境伯が声を上げた。
辺境伯
「皆の者!
第一王子殿下がお戻りになったぞ!!」
返事は――なかった。
沈黙。
重く、冷たい沈黙だった。
レオンハルト
(……これが……私の罪の重さ……)
◆◆ 北方の怒り
ある兵士が、
一歩前に進んできた。
兵士A
「王子殿下……
一つ、聞いてもよろしいか」
レオンハルト
「……聞こう」
兵士A
「我らの仲間は……
殿下の“真実の愛”がどうのこうのという
婚約破棄から起きた戦で……
何百人、何千人も死にました」
レオンハルト
「…………」
兵士B
「俺の弟は……殿下を守るために死んだ。
殿下が“リリアと恋をしたい”と言ったせいでな」
兵士C(涙声)
「うちの姉ちゃんは……
殿下に憧れて……騎士になって……
でも西門の戦で……帰ってこなかった……」
言葉がナイフのように刺さる。
兵士A
「殿下……
どう思ってるんですか?」
レオンハルトは、
逃げなかった。
レオンハルト
「……すべて、私の責任だ。
私が愚かだった。
私が……ひどい決断をしてしまった……。
その罪を……
逃げずに背負う」
兵士たち
(……)
レオンハルト
「憎むなら……憎んでくれ。
怒りがあるのなら……
今ここで、私にぶつけて構わない……!」
リリア
「殿下っ……!」
だが――
レオンハルトは膝をついた。
松葉杖が落ち、
片足で地面に倒れそうになりながら、
必死に頭を下げた。
レオンハルト
「……すまなかった。
本当に……すまなかった……!!
私は……皆の命を奪った……
許されるはずがない……!!」
その叫びは、
玉座の間よりも、
戦場よりも、
誰よりも悲しく重かった。
北方兵たちは息を呑んだ。
◆◆ 北方の涙
兵士Aが震える声で叫ぶ。
兵士A
「殿下……
俺たちは……
殿下を“許す”ために来たんじゃねえ……」
レオンハルト
「……」
兵士A
「“捨てる”ために来たんだ……
もう、殿下なんて要らねえって言うために……」
レオンハルト
「……あぁ……そうだろう……」
兵士Aの目から涙が落ちた。
兵士A
「なのに……
どうしてそんな顔するんだよ……殿下……
そんな……
そんな顔されたら……!」
兵士B
「憎めねえだろうが!!
馬鹿野郎が……!!」
兵士C
「俺たちだって……
本当は殿下に生きててほしかったんだよ……!」
怒りが叫びに変わり、
叫びが涙に変わった。
そして、
北方軍の兵たちは
レオンハルトの前に膝をついた。
兵士たち
「殿下……!」
レオンハルトは涙を流しながら、
震える声で言った。
レオンハルト
「……ありがとう……
生きて……償わせてくれ……」
北方は――
再びレオンハルトを受け入れた。
◆◆ 歴史家の注釈
後世の史書では、
この場面をこう記す。
「氷壁砦の涙の日」
兵は怒り、王子は罪を認め、
誰もが泣いた。
この日を境に北方軍は再び結束し、
第一王子レオンハルトは“愚王子”から
“痛みを知る王子”へと変貌した。




