第十三話 崩れゆく玉座──王、傷を押して立つ
王国暦842年 十七日目──
氷壁砦でも白塔城でも知られていなかった、
ただひとつの知らせが王宮に響いた。
「国王陛下、意識回復!」
半ば死んだと思われていた王が、
静かに体を起こしたのだ。
◆◆ 傷だらけの国王
王の寝室。
包帯に巻かれた胸。
青白い顔。
痛みに時折声を詰まらせながらも、
王は立ち上がろうとしていた。
医師
「だめです陛下!
傷はまだ塞がっておりません!!」
王
「……私が立たねば、
この国は……滅ぶ」
侍従
「しかし……!」
王
「妻と寵姫が争い、
息子たちが剣を向け合う……
私が作ったはずの王国が……
私のせいで崩れてゆくのだ」
震える足で、
王は寝台の端に座り込む。
王
「……もう、逃げぬ。
たとえ死んでも、
この混乱だけは……止めねばならぬ」
その姿は、
弱く、しかし強かった。
◆◆ 王、全勢力に“会談”を召集する
王の命令は、
各地へ伝令によって届けられた。
王妃派へ
北方軍(第一王子レオンハルト)へ
国王派(寵姫とアレク)へ
王の書状は短く、ただ一言だけ強かった。
「王都に集い、この混乱を終わらせよ。
これは“王命”である。」
歴史家は後にこれを
「王都三勢力会談」
と呼ぶ。
しかし──
この呼びかけは、
火に油を注ぐ結果となる。
◆◆ 王妃派──王妃の怒り
白塔城。
王妃は書状を読み終えると、
手にしたそれを机に叩きつけた。
王妃
「いったい何を考えているのですか陛下!?
寵姫と、その子まで会談に呼ぶなど……!」
重臣
「しかし殿下が参らねば、
“正統性”が問われます」
セドリックは静かに言った。
セドリック
「……行きます。
父上は、この国を救おうとしている」
王妃
「セドリック……!
あなたは優しすぎます!!
会談など……罠かもしれないのですよ!」
セドリック
「それでも行かねばなりません」
王妃は歯を噛みしめた。
王妃
(……またあの寵姫の顔を見ねばならぬの……?)
怒りは、もう言葉では抑えられなかった。
◆◆ 北方軍──レオンハルトの不安
氷壁砦。
書状を受け取ったレオンハルトは
しばらく言葉を失った。
レオンハルト
「……父上が……目を覚ましたのか」
辺境伯
「殿下、会談に出られますか?」
レオンハルト
「私はもう……歩けない。
それでも……行くべきだろうか?」
辺境伯
「殿下。
“歩けるかどうか”ではない。
殿下の意思を示すのです」
レオンハルトは拳を握る。
レオンハルト
「……わかった。
私は行く。
この戦を……終わらせるために」
しかし背後で、
北方軍の将官たちはざわついていた。
将官A
「殿下の怪我……あれでは他勢力に侮られるのでは?」
将官B
「それでも出ねば、北方が孤立する……」
将官たちの顔には不安が浮かんでいた。
忠誠と現実の狭間で揺れていたのだ。
◆◆ 国王派──寵姫の狂気とアレクの怯え
王宮。
寵姫は書状を読み終えた瞬間、
絶叫した。
寵姫
「陛下は……私の言うことを聞かずに、
あの女(王妃)を会談に呼ぶのですかーーー!?!?」
アレク
「は、母上……
もうやめてください……
僕は……戦いたくない……」
寵姫
「アレクは黙っていなさい!
あなたは王になるのです!!」
側近
(……もう会談どころではない……)
それでも寵姫派は参加せざるを得なかった。
“国王命令”は絶対なのだ。
アレクは震える手で書状を握った。
アレク
「……兄上や……セドリック兄上と……
顔を合わせるのか……
どうすれば……」
彼の目からは涙が落ちた。
◆◆ 三勢力、会談に向けて動き出す
三つの軍は、それぞれ王都へ向かう準備を始めた。
しかし──
誰も信じていなかった。
王妃派は“寵姫の罠だ”と思い
国王派は“王妃と北方の陰謀だ”と思い
北方軍は“他勢力に討たれる場になる”と思った
三勢力すべてが、
“相手を信用していない”状態で
王都へ向かうこととなった。
王都へ近づく各軍の陣営には
緊張と疑念が渦巻いていた。
◆◆ 王の決意
会談前夜。
王は傷の痛みに耐えながら、
玉座に体を縛り付けるようにして座っていた。
侍従
「陛下……どうかご無理はなさらず……!」
王
「無理をせねば国は守れぬ。
私は……父として、王として……
息子たちの争いを終わらせる。
それが私の最後の務めだ」
王は震える手で剣を握った。
王
「……この会談で……
誰かが血を流せば、
私は必ずその者を罰する。
息子であっても……だ」
その目は鋭く、
まるで死を覚悟した獅子のようだった。
◆◆ 歴史は語る
後世の歴史書は、この時期をこう記す。
「王国史上、最も危険な会談。
“王都三勢力会談”は、
もはや和平ではなく、
互いが互いを疑う情報戦の始まりであった。
ただ、当事者である三王子たちの願うところは、この争いを止めたいと一致していた……。」




