第十一話 王都奪還戦──矢は王子の脚を奪う
王国暦842年 十五日目──
王妃派は、悲劇の西方戦を終えるや否や、
すぐに次の行動を開始した。
“王都奪還”
その言葉は、
白塔城の大広間に重く響いた。
◆◆ 王妃派、進軍
王妃派の軍勢は、
再編した侯爵家軍を中心に、
公爵家、旗下の
王妃
「……王都を取り戻せば、
王家の正統はセドリックに戻る」
セドリック
「しかし、北方軍(辺境伯派)が黙ってはいないはずです」
王妃
「構わないわ。
あなたこそ“正統の王子”なのだから」
セドリックは苦い表情を浮かべた。
心優しい彼は、
戦うことそのものを望んでいなかった。
だが、選ぶ余地などなかった。
王妃派は王都へ向けて進軍を開始した。
◆◆ 北方・氷壁砦──第一王子、進軍を決意
同じ頃、
北方の氷壁砦。
辺境伯
「王妃派が王都を奪還に動いた。
殿下、迎撃しなければ、
我らの正統が損なわれます」
レオンハルト
「……わかった。
私も出る」
その言葉に、
砦中の兵士が息を呑んだ。
リリア
「で、殿下……本当に……?」
レオンハルト
「もう逃げない。
これは……私が招いた戦だ。
私が止めなければならない」
辺境伯は深く頷いた。
辺境伯
「殿下。
ならば北方軍、総力を挙げて王妃派を迎え撃ちます」
◆◆ 王都北門──戦端が開く
王都の北門前。
二つの大軍勢が対峙した。
王妃派一万五千。
北方軍一万三千。
ほぼ互角。
しかし士気は両軍とも尋常ではなかった。
王妃派
「王都を取り戻せ!」
「正統はセドリック様だ!」
北方軍
「第一王子殿下に続け!」
「ここを抜かれるわけにはいかん!」
そして──
衝突した。
剣と盾のぶつかる音が空を裂き、
槍が肉を貫く音が混じり合う。
セドリック軍の騎兵が突撃し、
北方軍は盾壁を組んで防ぐ。
城壁から王都の瓦礫が見える。
死と焦土の国境線で、
両軍は激しく戦った。
互角。
どちらも崩れない。
どちらも引かない。
この戦いは
“王妃派 vs 第一王子派”
というより、
「二人の王子が背負う運命の衝突」
だった。
◆◆ レオンハルト、ついに前線へ
陣の後方で、
第一王子レオンハルトは戦況を見ていた。
レオンハルト
「……ここで……引くわけにはいかない」
辺境伯
「殿下、あまり前に出てはなりません!」
レオンハルト
「兵は……私のために死んでいる。
ならば私も……前に立つべきだ」
辺境伯は歯を食いしばった。
(殿下はもう昔の愚かな王子ではない……
だが、危険すぎる)
しかし止めることはできなかった。
レオンハルトは自ら馬を進め、
前線へと出た。
その姿に北方軍が沸く。
北方兵
「殿下が出たぞ!」
「殿下に続け!!」
士気は最高潮に達した。
だが──
運命は、残酷だった。
◆◆ “その一矢”がすべてを変えた
戦場の真ん中。
両軍の矢が飛び交う中で──
ひゅうっ……!
一本の流れ矢が、
風に流されながら弧を描いた。
それは誰の狙いでもなかった。
誰の意志でもなかった。
誰の手柄でもなかった。
ただの“流れ矢”。
しかしその矢は、
最悪の一点に落ちた。
レオンハルト
「──っ!!?」
矢は、
第一王子の右脚を深々と貫いた。
北方兵
「殿下ァァァァァ!!」
レオンハルトの体が馬から転げ落ちる。
リリア
「殿下ァーーッ!!」
辺境伯
「医療班!早く来い!!」
レオンハルトは地面を掴みながら呻いた。
レオンハルト
「まだ……戦える……私は……!」
しかし足は、
不自然に曲がり、
血が溢れ続けていた。
医師
「殿下……!
脛骨が……完全に砕けています!!
もう……歩行は……!」
レオンハルト
「……歩けない、のか……?」
その瞬間、
レオンハルトの顔から力が抜けた。
兵士たちは泣き叫び、
辺境伯は剣を地面に叩きつけた。
辺境伯
「撤退だ!!
殿下を守りきれ!!
総員撤退!!!」
北方軍は殿下を守るために
一斉に退いた。
王妃派は、
動かない。
セドリック
「……レオン兄上……
無事で……いてくれ……」
セドリックの表情は苦痛に満ちていた。
◆◆ 王都奪還戦、事実上の中断
レオンハルトの重傷を境に、
戦場は一気に静まり返った。
両軍は手当と再編に追われ、
激戦は終息した。
王妃派は前進できず、
北方軍は痛手を負いながらも撤退。
王都奪還戦は、
決着つかぬまま“痛み分け”となった。
しかし歴史家はこの日をこう記す。
「“王子の脚を奪った矢”こそ、
後に王国の命運を左右する分岐点であった」
第一王子レオンハルトは、
歩けなくなった。
王位継承戦の真ん中で、
致命的な弱点を負ったのだ。




