第一話 火種の日──気づかぬ失脚
「将軍の後継者争いに端を発した京の騒乱が応仁の乱」って某ゲームの序文で言ってたなーと思ったら、こんなお話しになりました。
ほとんどが引くぐらい陰惨な内容ですが、ちゃんとハッピーエンド?になるので、安心?してください。
まあ、国家指導者が感情だけで行動すると酷いことになりますよね。
王国暦842年、春。
学園の卒業祝賀会──華やかな音楽と光の中で、
ただ一つの声がすべてを止めた。
「公爵令嬢エレオノーラ!
この場をもって婚約を破棄する!」
第一王子レオンハルト殿下。
その姿は晴れやかで、自信に満ちていた。
彼が見つめていたのは、
私ではなく、殿下の隣に立つ少女──
男爵家の庶子、リリア。
殿下
「愛を知ったのだ!
私は……リリアと共に生きる!」
ざわめき。
呆然。
そして、微かな息を呑む気配。
私はただスカートの裾を整え、静かに言った。
「……理由は、それだけですの? 殿下」
「そうだ!愛だ!これ以上の理由があるか!!」
“愛”。
その一言が、王家の重みにまったく追いついていない。
⸻
◆公爵家の反応
大広間の後方で、私の父母──公爵夫妻が歩み出た。
その表情は驚愕ではなく、「確かめに来た」という冷静さ。
父は殿下ではなく、私に寄り添いながら問うた。
「……エレオノーラ。
この婚約破棄、間違いないのだな?」
「はい。殿下のご意志で」
殿下は胸を張り、堂々と頷いた。
「そうだ!私は彼女を選んだ!」
父は一瞬だけ殿下を見やり──
その視線は氷のように冷たかった。
「……では、我が公爵家は本日をもって第一王子殿下への支援をすべて撤回する」
大広間の空気が止まった。
レオンハルト殿下は一瞬だけ顔をこわばらせ、
しかしすぐに強がった。
「こ、公爵家の助けなどいらぬ!
私は愛を選んだのだ、それで十分だ!」
父は淡々と言い放った。
「…………殿下。
“王太子の地位は、公爵家の支持で成り立っている”ことを、
お忘れなく」
殿下は、それでも理解していなかった。
「王太子は王太子だ!私が王になるのだ!
それが揺らぐはずがない!」
揺らぐ。
だが彼は知らない。
いや、気づいていないだけだ。
⸻
◆公爵家、撤収
父は私の肩に手を置いた。
「帰るぞ、エレオノーラ」
「……はい、お父様」
リリアは怯えたが、殿下は彼女を守るように抱き寄せる。
殿下
「待て!エレオノーラ!!
お前は……怒っているのか?!」
怒っていない。
ただ、理解しているだけ。
王族の立場というものを。
私は小さく頭を下げた。
「殿下の“愛”が本物であることを、心よりお祈りいたしますわ」
殿下は満面の笑みで言った。
「ありがとうエレオノーラ!
これで私は自由だ!!」
──彼は、本当に気づいていなかった。
この瞬間、
公爵家という最大の後ろ盾を失ったということを。
⸻
◆翌朝──王宮の朝はいつも通り
翌日の王都は平常を装っていた。
市場は開かれ、馬車は走り、人々は笑っていた。
しかし王宮の空気は違う。
侍従の姿勢は固く、文官たちはひそひそ声で囁き合う。
「……公爵家は完全に引いたらしい」
「第一王子殿下は……どうなるのだ?」
「寵姫殿下のご子息を推す声が……」
私は廊下を進みながら、
それを聞こえないふりで歩いた。
そんな私に声をかけたのは──
次男セドリック王子だった。
セドリック
「……昨日は大変だったね。無事で良かった」
「ありがとうございます、殿下」
彼は気遣うように微笑む。
兄とは違い、冷静で、周囲をよく見ている人。
「兄上は……公爵家を怒らせたことに気づいていないようだ」
「……ええ。殿下は“愛”に夢中のご様子で」
セドリック
「王家というものは、愛だけでは守れないのにね」
その言葉はわずかな皮肉を含んでいたが、
哀れみの色も見えた。
「兄上は……きっと、まだ何も理解していない」
セドリックはふっと息を吐き、
少し遠くを見るように呟いた。
「……これから少し、王宮は騒がしくなるかもしれない」
私はその意味を問うことはしなかった。
ただ、胸の奥で小さな波紋が広がった。
何かが、静かに変わり始めている。
⸻
◆その日の午後──王の一言
側近の間で囁かれた。
「陛下が末王子アレク殿下を評価しておられるらしい」
「……公爵家が引いた今、第一王子殿下の立場は……」
「王太子はどうなるのだ?」
王宮に渦巻く噂を、
レオンハルト殿下本人だけが真正面から信じていなかった。
彼は今日もリリアの手を取り、
こう笑っていたという。
「“愛”さえあれば、王位も国も変わらぬ!」
侍従たちは互いに目を伏せた。
その笑顔が、
王位を遠ざけているとも知らずに。
⸻
◆そして物語は動き始める
まだ誰も知らなかった。
この婚約破棄が後に
王国全土を巻き込む火種となることなど。
だがこの日──
確かに“王国の均衡が静かに軋んだ”音がした。
私が感じたのは、
ただその小さな違和感だけだった。




