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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

わがまま聖女と一途な王子、または辞めたい聖女とヤンデル王子

作者: 氷桜 零


聖女。

それは精霊との親和性が高く、治癒、浄化、結界、いずれかを極めた者のことである。

聖女は各国の王都の神殿に所属しており、聖女がいる国は繁栄が約束されている。

故に、聖女を巡って度々争いが起きている。


ここ、カルヴァート国の王都にも、有名な聖女がいる。

見習いの時点で誰よりも精霊と親和性が高く、わずか8年で、治癒、浄化、結界、全てを極めた天才的な聖女である。

だが、有名なのはそれだけではなかった。

その聖女は、歴代でも最高と呼ばれるほど、わがまま聖女だったのだ。

それこそ、聖女としての能力が霞んでしまうくらい、わがままで有名だった。




ガシャンッ

 

神殿の最上階に位置する一室、聖女に割り当てられた最上級の部屋で、似つかわしくない大きな割れる音。

そして、響く複数の女性の悲鳴。


部屋の音を聞きつけた扉の外の者たちは、いつもの聖女のわがままに、呆れの表情を隠せないまま、通り過ぎていった。


「あなた、こんなお茶を私に飲めと言っているの!?」


「ひっ!も、申し訳ございません。」


叱られている下級神官は、額を床に擦り付けて謝罪を繰り返す。

同じ部屋にいる下級神官たちは、また始まったと言わんばかり。

自分たちに飛び火しないように、聖女の怒りが収まるのを部屋の隅で待っていた。

彼らは、今回わがままの対象になった神官を、気の毒な者を見る目で憐んでいた。

彼らが思うのはただ一つ、早く終わって欲しいという気持ちだけである。


「謝罪しかできないの、この無能!お茶も満足に入れられない、役立たずなんていらないわ。エリノア、神殿から追い出して!」


「承知いたしました。」


エリノア。

聖女の最側近で、聖女の言葉は絶対視している信奉者。

彼女の忠誠心は全て聖女に捧げられている。

また、聖女の次に恐れられている人物でもある。


エリノアは下級神官の腕を掴み上げると、引きずって部屋を出て行った。

他の下級神官たちが、次は誰だと緊張している。


聖女のわがままは多岐にわたる。

服が気に入らない、お茶が不味い、顔が気に入らない、花が気に入らない…。

多岐に渡りすぎるため、何が彼女の怒りに触れるのかわからない。

だからこそ、次は自分かもしれないと皆、聖女の世話を嫌がるのだ。

怒りに触れたら、扇子で叩かれるだけでなく、最悪の場合は命をも奪われると言われている。

本当に命を奪われているかわからないが、神殿から追放される人間は珍しくない。


だから聖女の前では皆、息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待っているのだ。


「気分が悪いわ。全員出ていって。」


「「「はい。」」」


下級神官たちは、自分の番が来なかった事に安心して、聖女の部屋を出て行った。




ーーーーー


閉じられた扉を見て、私は息を吐いた。

この部屋には私しかいない。

これでやっと落ち着けるだろう。

もうすぐエリノアも戻ってくる。

エリノアが戻ってくる前に、割れたティーポットと汚れた絨毯を、ティーポットが割れる前の状態に戻した。


「ただいま戻りました。」


「お帰りなさい。この紅茶、毒物が混入しているわ。毒の正体と入手経路を調べてくれる?」


「お任せください。」


エリノアはすぐにティーポットとカップを回収して、部屋を出て行った。


毒を混入されるのは初めてではない。

聖女になってから、食事や飲み物に毒を混ぜられることが多くなった。

見習いの時も嫌がらせは受けていたが、ここまで直接的に殺害未遂が起きたのは、聖女になってから。


毒の混入だけではない。

毒虫を仕込まれたり、暗殺者が送り込まれたり…。

色々と命の危険を経験してきた。

こんな生活がもう2年も続いていたら、流石に慣れてきた。


はあ…

早く聖女なんか辞めて、田舎で精霊たちとのんびり暮らしたい。


私が思うのは、いつもこのことだけだった。


私はもともと、聖女になるつもりはなかった。

けれど私には、誤魔化せないほどの才能があった。

神殿の上層部だって、私を聖女にしたくなかっただろう。

彼らが阻止できないほどの力が、私にはあったのだ。

神殿の気持ちも、私の気持ちも一致していたのに、周囲がそれを許さなかった。

その結果、私が聖女に祭り上げられた。

だから私を聖女から降ろそうとすると、私が死ぬしか方法がない。

よって、命を狙われる羽目になったのだ。


初めは神殿にも、命を狙われている状況を訴えていた。

しかし彼らはまともに取り合わず、挙げ句の果てには私を嘘つき呼ばわり。

だから神殿に頼るのを止めた。

初めは全て自分で処理していたから大変だったけど、エリノアが来てからはだいぶ負担は減った。


見習いの頃から、神殿の腐敗っぷりは知っていた。

けれど、ここまで腐り切っているとは思わなかった。

聖女になって、神殿のことをより深く知るごとに、その気持ちはどんどん大きくなっていった。


だから私は、聖女を辞める前に神殿の腐敗を総司しようと思った。

神殿は民にとって心の支えだ。

そして、まともで敬虔な神官もいる。

彼らのために、なんとかしようと思ったものの、掃除をしても掃除をしても、何処からかしつこく湧いて出てくる。

だから一向に掃除が進まないのが現状だ。


私は怒りが収まるまで、クッションに八つ当たりをし続けた。





紅茶事件から数日。

今日は朝から、平民の治療日だ。

神殿は週に1回、平民のために治療の日を設けてある。

治癒ができる神官や聖女見習いが、民を治療する日。

もちろん私も治癒ができるので、毎回参加している。


午前2時間、午後3時間という長丁場なので、私以外の人は午前と午後で交代している。

交代なしで治療できるのは私ぐらいだ。


治療に参加している神官も見習いも、敬虔な人柄を持つ。

私が近くにいても怯えたり、蔑んだりしないので、私もこの日は楽でいい。


今日も問題なく仕事を終えて部屋に戻ると、昼に戻った時の部屋の様子と少し違うような違和感を抱いた。


エリノアと手分けして、一つ一つ確認していると、いくつかの装飾品がなくなっていた。


はあ…

せっかく気分よく疲れて、一日が終わると思っていたのに。


思わず漏れた溜め息に、エリノアが労わるような視線を向けてくる。

その視線に背中を押され、休む前にもう一仕事する事にした。

私はエリノアに、今日の掃除担当の下級神官を呼びに行かせた。


エリノアと共にやってきたのは、4人の下級神官。

私は下級神官たちの一挙手一投足を、具に見つめた。


「来たわね。何故呼ばれたのか、わかるかしら?」


下級神官たちは、お互いに視線で発言を押し付けあっていた。

結局、一番若い子が押し付けられ、恐る恐る発言する。


「も、申し訳ありません。不手際がこざいましたでしょうか?」


「ええ、この中で私の装飾品を盗んだ者がいるわ。犯人はわかっているの。自分で名乗り出なさい。」


私の言葉に凍りつく空気。

皆無言で首を横に振る。

いくら待っても白状しないので、こちらから教えてあげる事にした。


「私の装飾品は、一点物でね。盗られないよう、私の物には印をつけているの。誰かが勝手に触ったら、犯人が特定できるように。」


言葉を区切り、一人顔色を急速に変えている下級神官の目の前に立つ。

他の3人は彼女から少しずつ距離を取り、巻き込まれないように壁際に寄った。

窃盗犯の下級神官は、私を見ながら全身を震わせる。


パシッ


強化された扇子で、彼女の頬を打ち付ける。

かなり勢いをつけたので、床に倒れ込んでしまった。


「あ、あ、わ、私には病気の母がっ……。」


ガンッ


彼女の顔近くに、足を振り下ろす。

 

自分から白状しなかった以上、許す気は全くない。

それどころか、私相手に嘘を言うなんて、ふざけている。


「エリノア、20回の鞭打ちと神殿からの追放よ。」


「承知しました。」


エリノアは、いつもと変わらない綺麗な礼で承ると、窃盗犯の襟を持って引きずっていた。


「お、お許しください!聖女!どうかっ…。」


最後の最後まで、往生際が悪い。

悪いと思うなら、初めからやらなければいい話。

扉の外からは、騒ぎを聞いて者たちが騒いでいる。


「もういいわ。あなたたちも下がりなさい。」


「「「は、はいっ!!」」」


ドタバタと足音をたて、下級神官たちは、我先にと逃げ出した。


私は一人になった部屋で,異空間からティーセットを取り出して、紅茶を入れた。


暖かいお茶は心を落ち着かせた。


いつも思うが、どうして神殿の人間は、手癖が悪いのだろうか?

スラムの子ども驚く、手癖の悪さだ。

まあどうせ、神殿の上層部の誰かに晒されたんでしょうけど。


定期的に事を起こさないといけないルールでもあるのだろうか、と変なことまで考えてしまった。


紅茶を片手に考え込んでいると、エリノアが帰ってきた。

不穏な手紙を1通、手に持って。


「また厄介事…。」


「心中お察しいたします。」


エリノアの言葉が、心に染みる。


手紙の出し出し人は、神殿以外のもう一つの厄介事。

このカルヴァート国の第一王子、クラウス殿下からの訪問の伺いだった。

 

王子の手紙である以上は、早めに返事を送らないといけない。

だが正直、無視をしたい気持ちだ。


エリノアに私の予定を確認して、嫌々ながら、王子へ返信の手紙を書いた。




王子に返信して、わずか2日後。

王子が神殿に、訪問しに来た。

どうやら、最短の日程を合わせてきたようだ。


王子と言うのは、意外と暇なのか?

いや、そんなことはないはず。


答えの出ない考えが、脳裏を過ぎる。

待っている時間は、碌な考えしか浮かばないようだ。

必死で頭を切り替えていると、エリノアが王子を伴って応接室に入ってきた。


「ご機嫌よう、殿下。」


「ああ、変わりないかい?聖女ミュリエル。」


そう、私の名前はミュリエルと言う。

聖女になってからは、聖女としか呼ばれなくなったから、たまに自分の名前を忘れそうになる。

だが唯一、殿下だけは、頑なに私の名前を呼ぶ。

おかげで、名前を忘れずに済んでいるが。


「ここ最近、また騒がしいみたいだね。」


「さすが、耳が早いですね。」


「ミュリエルのことだからね。それで、大丈夫かい?何か困ったことは?」


「解決していますから、大丈夫です。ご心配なく。」


「そう?それなら…。」


殿下はいつも気にかけてくる。

聖女は国としても重要だから、何かあったら困るのだろう。

まあ本当に困っていても、殿下にはさすがに頼れないが。


その後は、お互いの近況を報告しあって、聖女と王子の会談は終了した。


殿下を神殿の入り口まで見送った後は、ここ最近の出来事もあって疲れたので、部屋でゴロゴロする事にした。





ーーーーー


「お帰りなさいませ、殿下。」


「ああ、ただいま。」


私の執務室で出迎えたのは、側近のアルティン。

私がいない間に書類を整理してくれたみたいだ。

私は上着を脱いで、椅子に腰掛けた。

思い出すのは、先ほどのミュリエルのことばかり。

 

はあ…

ミュリエルは相変わらず可愛かった。

笑顔も素敵だが、困った顔もすきだなぁ。

それにしても、いつまで経っても神殿は煩わしい。

ミュリエルが休めないだろう。


いつものように脳内で神殿について悪態を吐いた。


「で、毒を混入させた神官と窃盗した神官は?」


「殿下が拷問した後、素直に吐きました。2人に指示を出したのは、サリナ枢機卿です。理由までは聞いていないようですが、大金を受け取ったようです。」


「ふーん。サリナ枢機卿ね。ならアレが使えるか…。」


サリナ枢機卿。

最後までミュリエルが聖女になることを阻み、見習い時代も数々の嫌がらせをしていた、害虫。

多方、自分より優秀で若くて美しいミュリエルに嫉妬したのだろう。

あの女は、嫉妬心だけは人一倍あるからな。

だが証拠が固まった以上、逃す気はない。

ミュリエルが受けた被害を、何十倍にもして返してやる。


「神官2人は両手を切り落として、目を潰せ。その後は適当にスラムにでも捨ててこい。」


「……承知しました。…殿下、聖女に知られたら、嫌われますよ?」


「知られないから問題ない。」


そう、知られるようなヘマはしない。


ミュリエルは優しいから、犯罪者どもを五体満足のまま追放で済ませている。

だが、私はそこまで優しくない。


今までミュリエルが追放してきた犯罪者は、こちらの手のものが捕まえて、私が拷問した後、どこかを切り落として捨てている。


だって、当然だろう?

ミュリエルに手を出したんだ。

それなりの代償を払わないと。


ミュリエルは知らなくていい。

知らないままで、私の前で笑ってくれれば、それでいい。

まあでも、本格的に神殿の掃除に、私も動くとするか。

このままではミュリエルの負担が増すばかりだから。


神殿の掃除が終わったら、できれば私の手をとって欲しいなぁ。

別の手を取るようなら、相手を破滅させよう。

だから私以外の手を取らないでくれよ、ミュリエル。


アルティンの物言いたげな視線を無視しつつ、今後の計画を練るのだった。




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