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第54話 風祭家の使用人 露崎律

 その日。

 僕は再び、高胡こうこ大学を訪れていた。


 愛李ちゃんに会うために。


 けれど今回は、愛李ちゃんと会うことを楽しみにしてやってきたわけじゃない。

 これまでずっと揺れていた僕の気持ちに決着を付けるために来たのだ。


 今回限りで、こっちの世界の愛李ちゃんと会うのも最後にするつもりだ。


 そのために、絶対に納得の行く決着をつけてみせる。


 愛李ちゃんはこの前と同じく、カフェテラスの隅の席にいた。

 けれど、僕より先に愛李ちゃんに近づく人影があって……。


「おう、愛李。この間は悪かったなぁ。せっかくのイベントを楽しませてやれなくてよ」


 真坂まさかだ。

 あいつ、瑠海奈さまの話では合コンイベント以降落ち込んでいたらしいけど、もう復活したのか。ゴキ並にしつこいヤツだよ。


 瑠海奈お嬢様に近づくことがないように、今後も目を光らせておいた方がいいのかも。

 今度おかしなことをするようだったら、気絶させるだけじゃ済まないぞ。


 いや、黙って見てる場合じゃない!


 このままじゃ、こっちの世界でも愛李ちゃんが真坂の毒牙にかかっちゃうじゃないか!


「お前に、いい話を持ってきてやったからよ。喜べ、今度はオレとお前の二人きりで――」

「やめろ!」


 愛李ちゃんと真坂の間に割って入る僕。

 ちなみに、お嬢様たちの外出許可を取ったけれど、公用扱いだから今日も僕はメイド服だ。


「露崎くん?」

「なんだぁ、メイドが何の用だよ?」


 メイド服だからか、僕をこの前の胴締めスリーパーホールド絞め落とし犯だとは気づいていないみたい。


「真坂、もう織井おりいさんにつきまとうのはやめろ」

「はぁ? なんのことだよ? いきなり出てきて生意気言いやがって。お前もオレと遊びたいのか? 愛李の次に遊んでやるから、順番は守れよな」

「お前となんか関わりたくもないよ。でもこの人は僕の大切な人だ。二度と手を出すな。変なことをしてみろ。僕が許さないぞ」

「何わけのわからねえこと言ってんだ。女同士でよ。まさか女のくせに女が好きなのか? 気持ち悪いヤツ」


 メイド姿のせいか、真坂は僕を女性と勘違いしているみたいで意に介さない。


「そんなもんより、男の方がずっといいことお前に教えてやるよ。お前もオレに相手をしてもらいたいみたいだし、愛李より先にしてやったっていいんだぜ?」


 ゲス丸出しの笑みを浮かべながら、無理やり肩を引き寄せようとする真坂。


 こいつは、本当に反省しない人だなぁ。


 肩を掴まれたところから投げ技や関節技に移行する技術は、久華さまに教わっているから、また痛い目を見てもらおうと腕を掴もうとしたときだ。


「やめな」


 真坂の首根っこをぐいっと引っ張って、僕から引き離してくれたのは、愛李ちゃんだった。


 でも、愛李ちゃんの雰囲気がちょっと妙だったんだよ。

 ヤンキー漫画に出てきそうな、ピリ付いた空気を出していたんだ。


「真坂くん、今まで黙ってたけど、いい加減思い上がんのやめなよ。誰があんたみたいなだらしなくて自己中で最低限の気遣いもできない最下級男子の相手すると思ってんの」

「え……」

「えっ……」


 絶句したのは真坂だけじゃなくて、僕もだ。


 愛李ちゃんとは思えないくらい強い言葉を使うものだからびっくりしてしまった。


「聞こえなかったの? 誰があんたの相手するかって言ったの。女だからってみんなチョロいと勘違いして見くびらないで」


 愛李ちゃんに圧倒されてしまったのか、真坂は、口をパクパクするだけで何も言えなくなってしまっていた。


「真坂くん、何その態度。真面目に聞いてんの?」

「は、はい! 聞いてます! すみませんでした!」


 青い顔でペコペコし始める真坂と一緒に、僕まで謝りそうになるくらいの迫力だ。


「わかったらさっさと帰って。私はこれから大事な用があるから」

「はい……」


 そして真坂は、言われるがまますごすご去っていった。


 男性が希少種なあまり、この世界の女性は男性の言われるがままになりがちだから、これだけ強い言葉を浴びたことなんてなかったのだろう。


 そうだ。

 こっちの世界の愛李ちゃんは、そうなんだよ。


 愛李ちゃんとデートする中で、気付いたことがある。


 目の前にいる愛李ちゃんは、僕の知っている愛李ちゃんと見た目は同じでも、中身は違うんだ。


 僕の恋人だった愛李ちゃんと違って、流されない強さを持っていて、デートのときは僕をリードしてくれて、どこか男らしかった。


 僕が執着していた、弱さを感じて支えを必要としていた愛李ちゃんとは違う。


 目の前の愛李ちゃんは、僕なんかが関わらなくても強く生きていける。


 ちょっと強すぎる気がしなくもないけど……。


「露崎くん」

「は、はい」

「あの、ほら、ありがとね」

「えっ?」


 さっきまでメンチ切ってた愛李ちゃんが急に可愛らしくもじもじし始める。


「ああいうこと言ってくれた男の人、初めてだから……」

「あっ。ああ、そうなんだ」


 僕の知る愛李ちゃんと、目の前の愛李ちゃんは違う。


 それでも、こっちの世界の愛李ちゃんも僕に親切にしてくれて、嫌いになることなんてできなくて、ついつい言ってしまった言葉だった。


「えっと、実は、以前、織井さんによく似た人を好きになったことがあって……だから、つい」

「そうなんだ?」


 ちょっとムッとして見えるのは、気のせいだろうか。


「うん。ごめんね、勝手に他人と重ね合わせちゃって、変なこと言っちゃって」

「その人とは、どうなったの?」


 何故か愛李ちゃんは、追及して来ようとする。


 話したくはなかった。


 でも相手が愛李ちゃんと同じ顔をした人だと、僕の知る愛李ちゃんに対する気持ちを清算する意味でも、話すことでスッキリしてしまいたいという欲求が湧いてしまった。


「付き合いはしたけど、結局、ダメになっちゃったよ。他の人のところに行っちゃった。一緒に住むことだってしてたのにね。その人は僕にとって初めての恋人で、絶対に嫌われたくなかったから、慎重に行こうとしすぎたのがダメだったみたい。自分のことを好きでいてくれるんだって思わせることができなかったのかも」

「そっか。自分に自信がない人だったんだね」

「うん。反省しないとだよね……もっと積極的に接するべきだったんだ」

「ううん、露崎くんが好きだったっていうその人のこと」

「えっ?」

「だって、露崎くんなりに、あなたのことを好きですって態度で接してたんでしょ? きっと露崎くんなら、彼女さんに対しても優しいんだろうしさ。でも、受け取る側が好意を上手くキャッチできない人だったら、露崎くんの気持ちだって伝わらないよね。相手の気持ちを素直に受け止めるのって、自分にもある程度自信がないとダメだもん。だから、露崎くんが悪いとは思わないかな。もちろん露崎くんの元カノさんにだって、なんか事情があったのかもしれないけどさ」


 今まで僕は、愛李ちゃんとのことは、真坂という嫌な奴に加え、自分自身の行動にも原因があると思っていた。


 愛李ちゃんの方にも原因があるかもしれないなんて、考えたこともなかったんだ。


 だって、愛李ちゃんは曲がりなりにも、ほんのひとときでも家族と一緒にいるとき以来の安らぎと幸福感をくれた人だから。


「だから、自分を責めすぎちゃダメだよ。だいたい、露崎くんみたいな彼氏がいるのに、浮気なんかする方が悪いんだから。その子、頑張って態度改めないと幸せになんかなれないと思うなー」


 愛李ちゃんが愛李ちゃんを非難するという不思議な現象が起きている。


 そんなおかしな事態に直面して、つい笑ってしまいそうになった。

 僕は色々、思い詰めすぎていたのかも。


「ダブらせてもらって悪いけど、露崎くんの元カノさんと私は似てないかもね。だって私は――」


 愛李ちゃんは、なんと耳元に唇が近づくくらいの距離まで寄ってきて。


「私なら、好きな人がいたら、相手からしてくれるのを待つより自分の方からガンガン仕掛けていっちゃうもん」


 それって……。


「あっ、私これから講義あるから。今日はありがとうね。これ、私の連絡先」


 僕のメイド服のポケットに、何やら紙切れを押し込んでくる愛李ちゃん。


「この前の合コンですれ違ったとき、あなたが手を引っ張ってた女の人って風祭のお嬢様でしょ? 今度、露崎くんのお友達としてお館にお邪魔することもあるかもね」


 愛李ちゃんは、手をひらひらと降ると、軽快な足取りで講義棟の方へと歩いて行ってしまった。


「……やっぱり、愛李ちゃんであって愛李ちゃんじゃないよ」


 それでも不快な違和感を覚えないのは、僕はすでにこちらの世界の愛李ちゃんの事を気に入ってしまっているからだろうか?


 もう愛李ちゃんのペースに飲まれちゃってるっぽいなぁ。


 こうして僕は、結局愛李ちゃんのことを振り切ることができずにお館へ戻ってきてしまった。


 僕って、なんて意志の弱いヤツなんだろう……。


 いや、でも。

 僕は、お館の使用人でいることを選んだんだ。

 仕事が最優先!


 愛李ちゃんのことを気にして使用人の仕事を投げ出すようなことはしないぞ。

 これは絶対だ。


「律? 帰ってきてたの?」

「あっ、はい、瑠海奈さま」


 エントランスホールから一旦僕の部屋へと向かおうとしたとき、駆け寄ってきたのは瑠海奈さまだった。


「待ってたのよ。ちょうどあんたに頼みたいことがあったんだから」

「何なりとお申し付けください。そうだ、その前に」

「何かしら?」

「えっと、訊ねていいのか困ってしまうのですが」

「何よ。ハッキリ言いなさいよ」

「瑠海奈さま、さっき僕のこと名前で呼んでくれませんでしたか?」

「べ、別に深い意味なんてないわよ! あんたの場合、名字より名前の方が呼ぶの楽でしょ! 文字数少ないんだから!」

「そうですね! すみません、くだらないことを訊いてしまって! すぐ仕事に戻ります!」


 愛李ちゃんに会いに行った時間の分だけ、通常の業務に遅れが出ている。


 瑠海奈さまの言いつけを聞いた僕は、急いでお館の仕事へと戻っていった。

 僕はまだ、一先ずの仕事と住む場所を得ただけで、解決しないといけないことはたくさんある。


 お嬢様たちの信頼だってまだ十分得たとは言い切れないし、愛李ちゃんのこともあるし、真坂が懲りずにちょっかいを掛けてくる可能性もある。


 それに何より、男性が極端に少ないこの不思議な世界に飛ばされた仕組みだって何もわかっていないし、もう一生ここに住むぞ! なんて決心をするにはまだ早すぎる。


 でも、とりあえず今は。

 お嬢様たちがいる、このお館が僕の居場所だ。


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