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第53話 ようこそ風祭家へ

 お嬢様たちに連れてこられたのは、大食堂だった。

 そして、いつもは瑠海奈さまが座っているはずの席に、僕は今座っている。


「あの、どうして僕がこんな立派な椅子に?」

「あんたが今日の主役だからよ」

「その通り。ほら、これを肩に掛けろ」


 実紅さまが、僕の肩にタスキを引っ掛けてくる。


「えっと、これにも『本日の主役』って書いてますけど、いったい何の主役なんです?」

「歓迎会よ。律くんのために開くことにしたのよ?」


 純礼さまが言った。


「あたしらは思ったんだよ、そういえば、お前の歓迎会してねーなって」

「でも、僕はまだ正式な使用人じゃないですから……」

「何を言ってるの」


 瑠海奈さまの手には、やたら細かく文字が書き込まれた一枚の紙があった。


「あんたはもう、うちの正式な使用人よ?」

「そうそう。あと必要なのは、律くんのサインだけ。ここに名前を書いたら、晴れて風祭の使用人として一緒にいられるようになるわ。契約をしている間は、ずっとね」


 純礼さまが、肩に手を添えてくれる。


「僕が……風祭家の使用人に……?」


 風祭家の使用人として正式に採用されることは、僕のこれまでの目標だった。

 そのために頑張ってきたんだから、もちろん嬉しい。

 でも、目頭が熱くなるほど嬉しくなるなんて、自分でも想像していなかった。


「ありがとうございます! 今日まで頑張ってきた甲斐がありました!」

「だから……この間みたいに知らない女のところに行くようなことしたらダメよ」

「えっ!? る、瑠海奈さま、知ってたんですか……? あっ! ち、違うんです! あれは浮ついた気持ちで出かけたわけじゃなくてですね!」

「律くんは、本当に隠し事ができない男だな」


 実紅さまが、口元をもにょもにょさせながら言う。


「今更頑張って隠そうとしなくていいのよ。瑠海奈ちゃんだけじゃなくて私たちも知っていることだもの」

「瑠海奈姉と一緒に、あたしらみんなで監視してたからな!」

「きみが他の女に取られてしまわないか、心配だったんだ」

「みんな……そうだったんですね」


 どうやら僕は、みんなに心配を掛けちゃってたみたい。

 それだけ僕を、使用人として必要としてくれていたなんて。


「すみません……お嬢様たちの貴重な時間を無駄にさせてしまって」


 慌てて僕は頭を下げる。


 ここのところ、僕は天秤にかけ続けていた。


 お嬢様たちのところで使用人を続けるか。

 それとも、こっちの世界の愛李ちゃんとやり直すか。


 僕の人生で数少ない、僕自身で選択できる状況にいたことで、謙虚さを忘れていたのかもしれない。


 僕は元いた世界で一度失敗した身だ。


 助けてくれたお嬢様たちを放り出して、こっちの世界で愛李ちゃんとやり直そうだなんて虫が良すぎる。


 それに、愛李ちゃんは……。


「ほらほら、早くサインなさい」


 僕の手を握って、サインを急かそうとする瑠海奈さま。

 強引ではあるけれど、あの瑠海奈さまがそれだけ僕にこのお館にいて欲しいということ。


 僕は喜んでペンを走らせるのだった。


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