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第50話 僕の幸せな時間

「今日は、付き合ってくれてありがとね」

「僕の方こそ、ありがとう。楽しかったよ」


 イルカショーを見たあと、僕は水族館内の売店で買ったお揃いのTシャツに着替えて、近くのレストランで食事をしていた。


 Tシャツ代も、食事代も、もっといえば水族館の入館料だって、全部愛李ちゃんのおごりだった。


 デートに誘ったのは私の方だから、というのがその理由なんだけど、どうも話を聞いていると、こっちの世界では女性が男性の分も払うことがマナーとされているらしい。


 なんだか悪い気がするけれど、あまりこっちの世界とは違う認識を口にしているとおかしな人だと思われそうだから黙っていた。


「もっと他にも一緒に行きたいところがあったんだけど、露崎くんはあんまり時間取れないんでしょ?」

「うん……予定があって」


 本当はもっと長く一緒にいたかったんだけど、今はあくまで風祭家の使用人という立場。


 門限は決まっていて、七時を迎える前にはお館へ戻らないといけない。


「いいよ。バイトがあるんじゃしょうがないよね」


 そういうことになっている。


「それなら、今度はいつ会える?」

「えっ?」


 愛李ちゃんが、驚くような提案をしてきた。

 てっきり僕は、これっきりになるものかと……。


「露崎くんと一緒にいて、思ったよりずっと楽しかったから」

「あ、あの……」

「今度は本気のデートってことで、どうかな?」


 愛李ちゃんからこんなにもグイグイ迫られて、驚くやら恥ずかしいやらだ。

 なんだか頬が熱くなってきたかも……。


「あらら、赤くなっちゃって」

「しょうがないじゃない。僕だってもう一度、デートしてみたかったんだから。言われて嬉しいことがあったら、赤くだってなるよ」

「そういうのはハッキリ言えるんだ……ちょっとびっくりかも」


 愛李ちゃんまで俯いてしまう。


 俯いてるから顔色はわからなんだけど、耳が赤いような気がする。

 照れくさくなるときはまず耳から反応が出るのは、僕が知ってる愛李ちゃんと同じだ。


 こうなると、お互い沈黙モードに入っちゃうんだけど、そこに気まずさはなくて、こんな沈黙すら心地よく感じてしまった。


「ふふっ」


 沈黙を打ち破ったのは、愛李ちゃんが笑ってくれたから。


「今回はやっぱり急だったし、もっと落ち着いてデートしたくて」


 愛李ちゃんの瞳に、しっかり僕の姿が映った。


「次は、丸一日あなたの時間が欲しいな」


 魅力的な提案にもほどがある。

 もしかしたら、と僕は思う。

 こうしておかしな世界に迷い込んだのは、ここで愛李ちゃんともう一度やり直せっていう神様からのメッセージなんじゃないか?


 元いた世界での失敗を繰り返さないようにすれば、失った幸せを取り戻すチャンスを、僕は手にしているんだ。


「どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」

「そっか。じゃ、また今度ね。私は講義がなくて暇なとき、あのカフェテラスにいるから、あなたの時間に余裕ができたらいつでも来てね」


 まだ完全に日が暮れる前の夕方頃。

 待ち合わせに使った最寄り駅で、僕は愛李ちゃんと別れた。


 愛李ちゃんの背中が遠くなる姿を見つめていると、想像していたよりずっと強い寂しさに襲われてしまう。


 僕は、風祭家の使用人。

 それでもよく考えたら、まだ試用期間で、完全に風祭家の使用人として認められているわけじゃない。


 風祭のお嬢様たちだって、僕の能力を見定めている段階で、本格的に風祭家の使用人として迎え入れようとはまだ考えていないはず。


 だとしたら、僕は――


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