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第5話 お嬢様たちの思惑(瑠海奈視点)

 あたし――風祭瑠海奈が一番リラックスできるのは、大浴場で過ごすこの時間だと思ってる。

 ここは旅館のお風呂場くらい広いから、体だけじゃなくて心の洗濯にもなるのよね。


 本当ならもっと早い時間に入ってるはずだったんだけど、今日は覗き魔の登場でバタバタしていたから。

 一度大食堂で解散したあたしたち姉妹だけど、この場所にもう一度集まっていた。


「本当によかったわ。みんなが律くんを受け入れてくれて」


 それまでカランの前で髪を洗っていた純礼姉さんがやってきて、あたしたちと同じようにお湯に浸かる。


 純礼姉さんは、腰はしっかり細いのに、胸とお尻が大きくて、同性で血が繋がってるあたしでもつい抱きしめられたくなるような惚れ惚れするような体をしている。


「別の世界から来たっていう律くんの言い分はよく理解できなかったけれど、行き場がなくて困っているのは本当のことみたいだもの。でも良かったわね。ああいう子が、わざわざうちに来てくれて」


 手にしたタオルを頭に巻いて、純礼姉さんが微笑んだ。


「風祭家の将来のことを考えたら、ああいう感じの男の子を一人でも囲っておいた方がいいと前から思っていたのよね」

「でもさぁ、あいつ、使用人なんかできんのかよ?」


 純礼姉さんに異を唱えたのは、久華だった。

 ふよふよしているのは胸だけで、体は引き締まっているのに、女性としての気遣いに欠けるところがある久華は、湯船に背中を預けて両脚を好き勝手開いていた。


「露崎ってなんか頼りない感じするし、どうせすぐ音を上げちゃうと思うぞ? うちの使用人なんて誰でも務まるもんじゃねえからな。でも使えなくても、すぐ追い出すのはやめてくれよ」

「そうだな。タダで追い出すのも可哀想だ」


 その横で、仰向けになって浮かぶように湯船に浸かっている実紅が言う。手足は細いんだけど、風祭家の家系なのか、浮力を保つための胸はしっかり大きい。


「はぁ? 可哀想ってなんだよー。あいつには別の面で、あたしらに対してご奉仕できることがあるだろ? 同じ肉体労働なら、そっちをやらせようってわけだよ。ふふふ……」

「わたしもそう言おうと思っていたんだが。久華はそうやってすぐ早とちりするから、鳥頭だと言われるんだ」


 実紅が、頬をふくらませる。


「おいおい、聞いたことねえよ。誰だ、あたしの悪口言ってんのは?」

「わたしだよ」

「お前じゃねえか。まるで他人が言ったみたいに言うんじゃねえよ」


 久華は、合わせた手のひらの間から水鉄砲みたいにお湯を飛ばして、実紅の顔面に炸裂させていた。


「ていうか鳥頭ってなんだよ?」

「知らないでお湯ぶっかけてきたのか?」

「言い方がいかにもあたしをバカにする感じだったからな。そりゃぶっかけるだろ」

「こらこら、ダメよ。ケンカしたら」


 純礼姉さんの微笑みは、何かとギスギスしがちなうちら姉妹にはめっちゃ効く。


 うちでは歳の近い姉妹はあんまり考えが合わなくて揉めがちなんだけど、純礼姉さんは別。

 どの姉妹相手でも上手くやれてしまう。


 それは純礼姉さんの人間性によるもの。

 良くも悪くも、ね。


「それにしても、瑠海奈ちゃんにはびっくりしたわ」

「えっ? あたし?」


 あたし、なんかしたかな……。


「それな。瑠海奈姉は怒りっぽいから。マジギレして露崎を放り出すんじゃないかって思ったぜ」

「あんたね」

「心配しなくても、本当に怒っていたのは最初だけで、瑠海奈ちゃんは途中からちゃんとお芝居をしていたでしょう? あんなに上手に演技するなんて、私もびっくりしちゃったわ」

「なんだ。純礼姉さんにはバレてたの?」

「うふふ。瑠海奈ちゃんのことは小さい頃から知っているもの」


 あたしは別に、初めから終わりまで、露崎律に怒っていたわけじゃない。

 そりゃ覗きに遭った直後はブチギレてたかもしれないけどね。


 知っての通り、男の存在はとても貴重だ。

 でも世の中には、希少種なのをいいことに、傲慢に振る舞って女性を人間扱いしないクソみたいな男がいっぱいいるの。


 その点、あの露崎律はそこらの男とは印象が違ったのよね。

 男のくせにうちらに近い外見だし、覗きはマイナスにしても、普通の男ならあのあと平気な顔して押し倒してくるだろうから、そうしなかっただけあいつには良心があるもの。


 そんな上玉、逃がすわけがないでしょ?

 もちろん、恋愛感情なんてないわ。


 同じ一人の人間として見ているなんてこともない。

 あいつなら、風祭家の跡継ぎをつくるための子種を生産できるだけじゃなくて、あたしたちにひたすら尽くす忠実な男奴隷になってくれるだろうから。


 あたしがあいつを求める理由なんて、それだけよ。


「ところでよー」


 ニヤニヤしながら、久華が寄ってくる。

 広い湯船の中にいるのに、うちら姉妹で円になって額を突き合わせることになった。


「露崎は今日からずーっとこの風祭家にいるわけだ。あとでこっそり部屋に行って、さくっと子種もらっちまってもいい?」

「なんだ。久華姉はそんなに子どもが欲しかったのか?」

「あたしの周りには、あたしくらい運動神経いいヤツいなくてさぁ。それならあたしと同じ遺伝子もったヤツなら、いい練習パートナーになるだろ?」

「動機が不純だね」

「んだよ。じゃあ実紅はどうなんだよ?」

「わたしは子どもはまだほしくないよ。だから露崎律のこともしばらくは静観かな」

「ふーん、つまんね」

「ただ、純粋に律くんとのセックスには興味あるな」

「それあたしより不純じゃね?」

「姉妹でなんて会話してんのよ」


 この二人に好き勝手喋らせると、どこまでも暴走するんだから。


「ダメよ。男性のことで姉妹が喧嘩したら。揉め事の種にするために、律くんを家に招き入れたわけじゃないのよ」


 微笑みながら、純礼姉さんが言った。


「当分は律くんのことは姉妹みんなで共有しましょう」

「共有?」


 あたしは聞き返した。


「そう。みんな律くんの体に興味津々でも、直接手を出したりしたらダメよ。律くんは、色んな女性に追われてここへ逃げてきたわけでしょう? ここでも私たちに体を貪られたら、怖くなって出ていってしまうかもしれないわ」

「なるほど……それもそうね」


 流石純礼姉さんというか、露崎律の体がどれだけ貴重か気づいているのよね。


「だから、使用人だからといって、無茶ばかり言っていじわるしたらダメよ?」

「そうよ。特に久華は、縁日で掬った金魚だってすぐ死なせちゃうんだから! 生き物を飼うのにとにかく向かないのよね。だから最新の注意を払って、露崎律に接しなさいよ」

「ああいう金魚は元々生命力が弱いだろ。あたしのせいじゃねーよ」


 頬をふくらませる久華だけど、この子には気をつけておかないと。

 勢い余って怪我させちゃったら遅いから。


「だが、楽しみだな。男性に世話をさせるなんて刺激的だ。まるでお姫様みたいだよ」

「あいつ、腐っても男なわけだし、一緒にスパーリングできねぇかな?」

「あたしは、あいつがちゃんと従者としての自覚を持って絶対服従の態度を取ってくれればそれでいいわ」

「律くんみたいな可愛い男の子を連れてお散歩したらきっと楽しいでしょうね。そうだわ、今度千晶(ちあき)に自慢しちゃおうかしら。でも流石にそれは性格が悪いかしらねぇ」


 大浴場に、うちら姉妹の笑い声が響いた。


 何かと喧嘩しがちだけど。

 あたしにとって、姉妹は大事な宝物なの。


 だからこうして一緒に笑い合える機会をつくってくれたことに、少しは露崎律に感謝してあげないとね。


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