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第45話 お嬢様に頼み事

 お館に戻った僕は、完全に心ここにあらずだった。

 愛李あいりちゃんと約束したデートのことで頭がいっぱいだったから。


 この世界の愛李ちゃんと関わることに不安がないわけじゃないんだけど、それ以上に夜喜びと感動の方が大きかった。


 大事な買い物を放りだしてまで愛李ちゃんの件で決着を付けようとしたのに、これじゃ逆効果だ。


「露崎くん、買い物の途中で困ったことでもあったんですか?」

「いえ、困った人なのは僕自身です……すみませんでした」

「?」


 厨房へやってきた僕は、不思議そうな顔をする永森さんの前で、テーブルに買い物袋を置いた。


 意識が愛李ちゃんの方へ持っていかれても、無難に使用人ができる程度には、この仕事に慣れてきたみたいだ。


 夜。


 合コン会場から瑠海奈さまを連れ出して以降、僕は入浴後の瑠海奈さまの髪の手入れをする仕事を貰えるようになっていた。


「あんた、さっきからずっとぼーっとしてない?」

「そ、そうですか!?」


 やっぱり瑠海奈さまは鋭かった。


「茜に聞いたんだけど、今日は買い物から帰るのずいぶん遅かったらしいじゃない。あんた、仕事はきっちりやる印象があったから、珍しいと思って」


 相手は、僕の雇い主だ。

 何が起きているのか、正確に伝えないといけない。

 使用人の分際で、隠し事をするなんてもってのほか。


「すみません、道に迷うおばあちゃんを助けないといけなかったので」


 それなのに、僕はウソをついてしまった。


 ――この前の合コンで元の世界の恋人を見つけて、自分の気持ちに踏ん切りを付けるために会いに行ってしまいました。


 正直に、そう言えばよかったのだ。


 初めて風祭のお館に来たとき、僕には恋人がいたことを話しているのだから、瑠海奈さまだって納得してくれたかもしれないのに。


「人助け? まあ、あんたが言うならそうなんでしょうね。バカみたいにお人好しだもの」


 僕のウソを信じてくれる瑠海奈さまの優しさに、良心が傷んだ。


「お人好しも結構だけど、騙されないようにね」

「は、はい! 心配をおかけして、申し訳ありません」

「まあ、うっかり地獄の合コンに行っちゃったあたしが言えることじゃないけどね」


 自嘲気味に笑う瑠海奈さま。

 ここのところの瑠海奈さまは、以前より人当たりが柔らかくなっている気がする。

 瑠海奈さまを助けたことで、僕を見直してくれたとか?


「……すみません、それでお願いがあるんですけど」

「あんたからお願いなんて珍しいわね」

「今週末、お暇をいただきたいんです」

「どこへ行くつもり? あんたはあくまで使用人なんだから、ちゃんと行き先を言わないと許可を出せないわよ?」


 予想はしていたけれど、やっぱりそう簡単にはいかないみたいだ。


「あの、ほら僕はここによく似た別世界から来たわけじゃないですか?」

「あんたはここに来たときから、そんなことを言っていたわね」

「今までは、別世界を目の当たりにする恐ろしさで、お嬢様たちの大事な用事以外でお館の外へ出ようとは思えませんでしたけど、ここのところやっと踏ん切りが付きまして」


 まったくのデタラメを口にしている後ろめたさはなかった。

 こっちの世界で愛李ちゃんに遭遇することも、以前は僕が恐れていたことではあったから。


「住んでいた家とか、通っていた大学とか、僕がいた世界とどれだけ違うのか、自分の目で確かめたいんです。近場ですから、すぐ戻って来るつもりです」

「わかったわ。あんたは休み無しで働いているわけだし、それに……」


 瑠海奈さまが、少し照れくさそうにする。


「助けられたお礼を何もしないで済ますのは、風祭家にとって恥ずかしいことだから」


 結局、瑠海奈さまは僕のワガママを許してくれた。

 ホッとしたのは一瞬。

 あとはひたすら後ろめたかった。


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