第44話 未練と再会
その日、僕は買い出しを頼まれて、駅前までお使いに出ていた。
使用人の仕事の一環だから、もちろんメイド服だ。
「あら、見て、メイドさんよ?」
「きっと風祭のお屋敷の人ね」
「ちっ。メイドか。執事だったらこの場で襲いかかってやったのに」
女性に対する目眩ましにはなるけど、メイド服な上にエコバッグをぶら下げていたら、否応にも目立ってしまって恥ずかしくなる。
商店街での買い物を終えると、フェンスの向こうに駅を行き交う電車が見えた。
「そういえば、ここからなら、乗換なしで高胡大学まで行けちゃうんだよな……」
思い出すのは、愛李ちゃんのこと。
地獄の合コン会場でニアミスしてからというもの、ずっと愛李ちゃんのことを考え続けていた。
そんな僕だから、気付いたときには高胡大学へ向かう電車に飛び乗っていた。
大事な言いつけを守れないなんて、使用人として失格だ。
でも、愛李ちゃんのことで頭をいっぱいにしたままお嬢様たちのお世話をするのは、それはそれで誠意が欠けているように思えた。
それなら、この際解決してスッキリしてしまった方がいい。
ほんの少し前まで通っていた大学の姿は、僕が知る姿とそう変わらなかった。
違うところといえば、創始者の銅像が男性から女性になってることくらい。
「だいたい二ヶ月ぶりくらいかなぁ。それなのに、こんなに懐かしく思えるなんて」
愛李ちゃんを奪われた直後の僕は、出会いの場所であるこの大学に近づく気を失くしていた。
そんな僕が、こうして愛李ちゃんを探すために再びキャンパスに足を踏み入れることができるようになるまでに回復したのだ。
これも風祭のお嬢様たちが拾ってくれたおかげだ。
まあ、メイド服で来ることになったののも、お嬢様たちのせいではあるんだけど。
そのせいか、さっきから行き交う女子大生たちの視線が痛い。
できるだけ早くお館に戻らないといけないし、早いところ愛李ちゃんの手がかりを掴んじゃおう。
校舎に入って、愛李ちゃんがいそうな場所を探した。
元いた世界の思い出を頼りに、愛李ちゃんが履修していそうな講義室に立ち寄ったんだけど、愛李ちゃんの姿はない。
こっちの世界の愛李ちゃんは、関心を持っているものが違うってことなのかな?
「そうだ、あそこなら……」
困った僕は、残る心当たりの場所へと向かう。
愛李ちゃんと出会ったきっかけの場所だ。
それは元いた世界の話であって、こっちの世界の愛李ちゃんが同じ思い出を共有しているはずがないんだけど、微かな期待を持って、大学内のカフェテラスの隅の席へと向かったんだ。
「えっ……も、もしかして」
探し人は、いた。
愛李ちゃんから初めて声を掛けられたその席で、退屈そうにカップ片手にスマホをいじっていた。
あまりに緊張して、愛李ちゃんがいるところまで歩くことすら難儀して、自分の足に躓いて転んでしまいそうだった。
「あ、あの……! 愛李ちゃん……!」
ちゃんと声を掛けられたのは、お館の使用人として過ごす中で根性が付いたからかもしれないし、もう一度愛李ちゃんときちんと話をしたい気持ちが強かったからかもしれない。
「あなたは……」
怪訝そうな顔で、僕を見上げる愛李ちゃん。
しまった。こっちの世界の愛李ちゃんは、僕のことを知らないんだ。
メイドの格好をした男子から下の名前で声を掛けられたわけで、このままじゃ不審者と思われて通報されちゃうかもしれない……!
「あっ、すみません、僕は露崎律っていって――」
「この前の合コン会場にいた人?」
「えっ、わかるの……?」
「だって、女の子を引っ張って猛ダッシュしてたから」
くすりと笑う愛李ちゃん。
「印象に残ってたから、服が違ってもわかるよ」
「そっか、そうだよね……」
あんなことをしたら、変な人として印象に残るというものだ。
「でも、おかげで助かったんだよ? あの合コン、実は私、乗り気じゃなかったの。付き合いで顔見せだけしようと思って行ったら、案の定で」
瑠海奈さまが真坂に襲われていたベッドルームを見る限り、治安最悪な合コンだったことはよくわかった。
「私が到着したときは、主催の真坂くんに女の子がいっぱい重なり合っててとんでもないことになってたよ。こんなにパニックになってるなら私がいなくても平気だなって思ってすぐ帰ってきちゃったの」
「そっか。よかったぁ」
心の底から安堵しちゃったよ。
「あなたがメチャクチャにしてくれなかったら、私も無事じゃ済まなかったかも」
「そうだよ。だからもうただの付き合いだろうと真坂が主催するイベントに出ちゃダメだよ!」
せめてこっちの世界の愛李ちゃんは、真坂に染められることなく暮らしてほしい。
「そうだね。気をつける」
愛李ちゃんが笑う。
こうして笑った姿を目にするなんて、いつぶりだろう。
そこまで前のことじゃないはずなのに、物凄く懐かしく感じてしまう。
「でもよかった。あなたの方から会いに来てくれて。お礼もできずにいたから」
「お、お礼なんていいよ」
もう一度愛李ちゃんと話すことができただけで、僕は満足だった。
「あっ、待って、あなた」
愛李ちゃんが僕を指差す。
「ごめんなさい、勘違いしてた。あなた、男の子だったんだね」
「そうだけど……わかるの?」
「こうして近くで見たら、なんとなくね」
これまで、外出したときは誰も女装を見抜けなかったのに、僕を男子と見抜いた愛李ちゃんには特別な繋がりがある気がした。
もう一度、こっちの世界でなら……愛李ちゃんとやり直せるんじゃないか?
真坂のことを最大限に警戒して、今度は僕が愛李ちゃんを失望させないように気をつければ、僕が望んだ幸せな暮らしが戻って来るのでは?
いや、今の僕は、風祭家の使用人じゃないか。
僕個人よりも、お嬢様たちを優先させないといけない立場だ。
だから、愛李ちゃんのことは諦め――
「そうだ! それなら、一度デートなんてどうかな?」
「えっ、何が?」
「お礼! あ、でも、女の子からデートを申し込まれても何のありがたみもないかー」
この世界では、男性は選ぶ側。
それも、希少種だから選び放題の立場ではある。
けれど僕には関係ない。
困ったような笑みを浮かべる愛李ちゃんを前にしたとき、風祭家との間で秤にかけていた僕の気持ちは、愛李ちゃんの方へゆっくりと傾いてしまった。




