第40話 大救出劇
「高っ! なんか頂上にラスボスとかいそう……」
到着したトミナカビル前。
これまで近くを通ることはあっても、ビルのそばまで寄ったことなんてなかったから、その迫力に圧倒されてしまった。
「いや、こんなことでビビっていられない! 早く行かないと!」
僕は意を決して、ビルの中に足を踏み入れた。
床が大理石の広大なロビーを抜けて、エレベーターへと乗り込む。
「落ち着け、落ち着け。僕だけでどうにかしないといけないんだから……!」
七階まで上昇する間ですら、緊張でどうにかなりそうな気持ちを頑張って抑える。
エレベーターの扉が開くと、すぐ近くに合コン会場へ繋がる扉がある。
でもその前には、門番みたいな雰囲気の男が二人立っていた。
この世界の男性は、「モテる努力」が必要ないからか、僕の知っている世界の男性に比べて見た目が野暮ったいみたいだ。
真坂ですら、僕の知ってる姿より野暮ったくて体つきもだらしなかったくらいだから。
なのに扉を守っている二人は、珍しくガッチリと鍛え抜かれた体だった。
おそらく、彼らは真坂主催の合コン参加者じゃなくて、警備を仕事にしている人なのだろう。
「すみません、ここを通してもらいます」
僕は、胸の前で腕を組んで扉を守るマッチョ二人の前に立った。
もう覚悟を決めたんだ。
腕力では圧倒的に僕が不利だけど、なんとしても通してもらう。
鍛えた体の腕力で僕をつまみ出そうとするなら、大声でも何でも出して、とにかくこの場を混乱させてしまおう。
「招待状は?」
ぬっ、と僕を覗き込むように顔を突き出して威圧してくる。
「ありません! それが何か!?」
来るなら来い! って気持ちでいたんだよ。
「…………」
すっ、と扉の両脇に二人が退いたんだ。
まるで自動ドアみたいに……。
「……え、なんで?」
拍子抜けしたよ。
いや、いいんだけどさ……通れるなら。
「招待状を忘れたとしても」
「女性であれば皆通せと言いつけられている」
「女性……」
今の僕は、この世界に来たときと同じ格好……一般的な男子大学生な私服だから、いつもみたいに女の子の格好をしているわけじゃない。
たぶん、野暮ったくてだらしない男性ばかりのこの世界では、僕みたいに小綺麗にしているだけで女性っぽく見えてしまうのだろう。
それに最近何かと純礼さまが新作のコスメやらスキンケア用品を僕に試そうとしてくるから、元の世界にいたときより美容に気をつけるようになっちゃってるし……。
「あ、ありがとうございます!」
ともかく、これはチャンス。
急いで扉を抜けると、そこは男性と女性で人口比1:5くらいの割合の空間が広がっていた。
「キミ可愛いね!」
「うお、上玉の飛び入り!?」
「あの子いいべ!」
新手の女性だと勘違いされて言い寄ってくる男性たちの波をかき分けて、招待客のフリをして瑠海奈さまの姿を探していると、部屋の奥にいかにもな扉が見えた。
「あっ、おい!」
「そっちは今使用中だぞ!」
「いや、三人で? しまった、そういうのもアリだったのか!」
背後から色々と何かを言ってくる声が聞こえるんだけど、無視してドアノブに手をかける。
「瑠海奈さま!」
探し人は、いた。
見ていられないほどぐしゃぐしゃなシーツのベッドの上で、真坂に組み伏せられていた。
「な、なんだお前は!」
相手が誰であろうと、呼んでもいない人が突然現れればビビるわけで。
幸い、真坂は僕が露崎律だって気づいてないみたい。
前に会ったときの僕は女装してたわけだしね。
僕は迷うことなく真坂を突き飛ばし、瑠海奈さまをベッドから起き上がらせる。
瑠海奈さまが重いとは初めから思ってなかったけど、意外なほど軽く持ち上げることができてしまった。
「くそっ! オレの楽しみを邪魔するんじゃねえ! ちょうどいい、まずはお前からひん剥いてやる!」
どうしようもないくらいのスケベ顔を浮かべて、突進してくる真坂。
僕が露崎律ってことどころか、男だとまだ気づかないみたい。
流石にこれはショックっていうか、男としてのアイデンティに危機が迫ってるっていうか、納得がいかない。
「ククク……オレは男だぞ? お前みたいな華奢な女が、男のオレに敵うもんか!」
ケンカなんて一切したことがないし、スポーツ経験も浅い僕だから、大学生男子が飛びかかってきたときの対処法なんて知らないはずなんだよ。
でも、自然と体が動いていたんだ。
真坂が掴もうとしてきた腕を取って、その勢いを利用して飛びつき式の腕十字をする僕。
久華さまとのスパーリングで何度も食らった技だ。
「ぐうっ……!」
僕の目的は、真坂の腕を破壊することじゃない。
行動不能にすることだ。
右腕の痛みから逃れようと体をよじるから、背中ががら空きになって、僕はその首に腕を食い込ませ、胴体に脚を巻き付ける。
胴締めスリーパーホールドをしたかたちだ。
咄嗟に体が動いたのは久華さまのおかげ。
僕は今も毎朝、久華さまのトレーニングに付き合っているのだから。
キツいトレーニングを続けている僕に、怠け者の真坂が敵うはずがない。
それまでじたばた暴れて悪あがきしていた真坂の動きが、ピタリと止まった。
「えっ……死んだ?」
真坂から体を離すと、白目を剥いている真坂が転がっていた。
呼吸をしているかどうかはわからない。
「静かになったならどっちでもいいか。瑠海奈さま、今のうちに逃げましょう!」
「ど、どうして!? 来るなって言ったのに!」
瑠海奈さまの目元には涙のあとがあった。
真坂のせいで、怖い思いをしたに違いない。
「瑠海奈さまが心配だったからですよ」
「クビにするって言ったわよね!?」
「瑠海奈さまが無事なら、クビになったっていいです!」
よっぽど怒っているのか、瑠海奈さまの目の端から涙がぽろりと零れた。
でも僕なりに、覚悟を決めたんだ。
使用人って立場にしがみつくために、大事なお嬢様を犠牲にすることはできないから。
「それより、今は早くここから出ましょう! すみません、ちょっと手を引っ張ります!」
僕は瑠海奈さまを抱き寄せ、部屋の出入り口を目指す。
参加者はみんな、ベッドルームから響いた物音に驚いたようで、状況をよく飲み込めていないような顔をしていた。
みんなが混乱している今のうちに逃げるしかない。
あとは、出入り口の向こうに控えている筋肉モリモリマッチョマンの二人を切り抜けられるかってことだけが心配だったんだけど。
「ごめーん、バイトで遅れちゃった……え、どうしたの?」
僕たちと入れ替わりで出入り口に現れ、合コン会場を見て驚くその人とすれ違ったとき、僕はその人以上に驚いて、立ち止まりそうになった。
でも今の僕は、ただの男子大学生の露崎律じゃない。
風祭家の使用人なんだ。
僕個人のことよりも、お嬢様を優先させないといけない身分だから。
そう強く自分に言い聞かせて、エレベーターへ向けて駆け抜ける。
「あっ、真坂くんが気絶してる!」
「え、待って。今なら楽々子種ゲットできちゃうってことぉ!?」
「精液袋化してる今がチャンス! 搾り取れるだけ搾り取らなきゃ!」
会場内の女子が大騒ぎしてくれたおかげで、マッチョの番人二人はそちら側に気を取られてくれて、無事にトミナカビルを抜け出し、夜の街に紛れて風祭のお館までたどり着くことができた。
「……本当にありがとね。あんたがいなかったら、危なかったかも。ごめん、今日のところはそれだけ!」
お館へ戻るやいなや、すぐ部屋に引っ込んでしまった瑠海奈さま。
あんなことがあったあとなんだ。
心身ともに疲れているだろうから、早く休みたいよね。
別にお礼の言葉なんていらなかったし、瑠海奈さまが無事ならそれでいい。
今の僕は、別のことで頭がいっぱいだった。
自室のベッドに倒れ込んだ僕は、瑠海奈さまを連れてあの合コン会場から脱出するときに、すれ違いで出会った人物のことを思い出してしまう。
「……愛李ちゃん」
遅れて合コン会場に顔を出したのは、僕の元恋人である織井愛李ちゃんだった。
真坂とこの世界で遭遇したとき、愛李ちゃんにも出会うことになるかもしれないって考えたことはあった。
でも、まさかあの場で出会うことになるなんて。
風祭の使用人になると決めたとき、全てを投げ出して風祭のお嬢様に尽くそうと決めたのに、愛李ちゃんのことばかり考えて、夜は更けていった。




