第4話 そして使用人へ
四姉妹を恐ろしく思ってしまったのは、結局のところ、不審者ムーブをした僕が悪かったからなのだろう。
「現実」を知って茫然自失な僕が落ち着くまで、四姉妹はそっとしておいてくれたし、姉妹の中でも優しそうな純礼さんは永森さんに頼んで僕のために紅茶を入れてくれた。
「あの……本当にご迷惑をおかけしました」
紅茶のおかげでいくらか気分が落ち着いたあと、僕は頭を下げた。
「僕はこれから、どうなってしまうんでしょう?」
瑠海奈さんあたりが、「とっとと警察に突き出すわよ。決まってるでしょ」なんて言うのかと思ったんだけど、瑠海奈さんはそっぽを向いていて、さっきとは違って僕への怒りもトーンダウンしているように思えた。
「一つ聞きたのだけれど、あなたには帰る場所はあるのかしら?」
優しく包み込むような笑みを浮かべて、純礼さんが言った。
「……えっと、ない……かもしれません」
帰る場所がないのは、元いた世界だろうが、この世界だろうが同じ。
元いた世界で僕が住んでいたアパートには、もしかしたら別の人が住んでいるかもしれないし、存在そのものがないかもしれない。
なにせ、この世界は男性がほぼいない。
女性中心に作られた世界なのだから、元いた世界と同じようにはいかないはず。
「それなら、しばらくうちに住むのはどうかしら?」
純礼さんの提案は僕にとって渡りに船だった。
「えっ、い、いいんですか?」
「いいわよ。部屋ならたくさん余ってるもの」
「おいおい、いくらなんでも無警戒過ぎねえか?」
「純礼姉、見ず知らずの人なのにいいのか?」
待ったを掛けてきたのは、久華さんと実紅さんだった。
警戒する気持ちはわかるし、どちらかというとこの二人の方が反応としては自然だ。
「そうは言っても可哀想でしょう? 律くんには帰る場所がないのよ?」
「もう! 純礼姉さんはいつも甘いんだから!」
心優しい純礼さんがいる一方、怒り狂うのは瑠海奈さんだ。
「瑠海奈ちゃん。困っている人を見過ごすのは、風祭家の名折れではないかしら?」
「それは……」
「私はお母様の教えを守りたいの。瑠海奈ちゃんはどうかしら?」
「……わかったわよ。でも、一つだけあたしからあんたに提案があるわ」
「な、何をすればいいんでしょう?」
怖い瑠海奈さんのことだ。
どれだけ無茶な提案をされるのか、身構えていたんだけど。
「こいつをうちに住ませてあげる代わりに、使用人として働いてもらうの」
「し、使用人ですか!?」
「確かに、茜一人に仕事を任せるのも大変だと思っていたところだし、あなたが手伝ってくれるのならありがたいわ」
純礼さんには異論はないみたいだったんだけど。
「なんだよ、こいつに世話されるのか?」
「ふむ。頼もしさはあまり感じないがね」
久華さんと実紅さんが、疑わしげに僕を見てくる。
「でしょうね。こんなヤツの世話になるなんて、不安しかないと思うわ。だから、試用期間を設けて、こいつが役に立つ人間かどうか、あたしたちが査定するの」
「さ、査定ですか……」
「律くんは、どうかしら? あなたを試すようなことをするのは申し訳ないのだけど、私としては律くんの力が必要だし、やってみる気はあるかしら?」
どこまでも優しく、それでいて妖艶に微笑む純礼さんが、僕の前で腰をかがめるものだから、白い谷間があらわになってしまっている。
査定って言葉には引っ掛かりを感じるけれど、正直、願ってもない提案だった。
どちらにせよ、この世界に僕の居場所なんてないんだから。
それなら、風祭家の使用人を目指して頑張る方が、たった一人でわけのわからない世界に放り出されるよりはずっとマシに思える。
「わかりました、やらせていただきます!」
「まだ試用期間だからね? 死ぬほど頑張らないと、あなたを使用人として雇ってあげないから。使い物にならないとわかったら即追い出すわ」
どこまでもツンツンな瑠海奈さんだ。
優しい純礼さんを除いて、風祭家の人たちは僕が男だからという理由だけで贔屓することはない。
まあ、四姉妹ともすごい美人なわけだし、男性が希少種だろうと相手に困ることはないんだろうな。
「よかったわね。今日から風祭家の一員として頑張ってね」
純礼さんは小さく拍手をして喜んでくれた。
「そうだわ。一緒に住むことになったのだから、自己紹介をしないといけないわね」
純礼さんが、手のひらを胸元に当てる。
「私は風祭家長女の純礼。女子大の2年生よ。ほら、みんなも」
「あたしは三女の久華。高校二年生だけどなんか文句あんのかよ?」
「わたしは四女の実紅。高1。食べ頃だぞ」
「ほら、瑠海奈ちゃん? 使用人相手とはいえ、ご挨拶しないと失礼でしょう?」
「……風祭瑠海奈。大学一年生」
瑠海奈さんは最後まで渋っていたんだけど、純礼さんがニコニコしながら圧を掛けると、渋々名乗り始めた。
「えっと、僕は露崎律……こうなる前は、大学生でした。一年生です」
「律くん、よろしくね。それじゃ今日はもう遅いから、細かいことは明日にしましょうか。茜、律くんをお部屋に案内してあげて。西館のあの部屋、まだ空いてるはずよね?」
「承知いたしました、純礼お嬢様。露崎くん、こっちですよ。付いてきてくださいね」
そして僕は、茜さんの背中を追って、四姉妹が残る大食堂をあとにした。
これから先、どうなるかわからないけど。
とりあえずは、野宿は避けられたみたい。