第38話 使用人としての正しい判断
週末の夜。
結局瑠海奈さまは、一人で真坂主催の合コン会場へ向かってしまった。
「――別にあんたが心配するようなことじゃないわ。あいつの言いなりになんかなるわけないでしょ。無傷で切り抜けてやるわよ。男なんかの好きにされてたまるもんですか」
瑠海奈さまは、そう言って出かけていった。
気合い十分で勇ましい姿からは、本当に心配ないのかもしれないと思わせるものがあったけれど……。
僕は、言いつけどおり瑠海奈さま以外のお嬢様には一切のことを秘密にしていた。
お嬢様たちは、今夜は瑠海奈さまが大学の友達と出掛けるものと思っている。
瑠海奈さまの意向を汲んで……いや、違う。
僕は、瑠海奈さまに逆らって使用人をクビになることを恐れているだけだ。
真坂主催の合コンなんて、絶対ヤバいに決まってるじゃないか。
そもそも愛李ちゃんの様子がおかしくなったのだって、「友達同士の集まりがあるから」という愛李ちゃんの言い分を信じて送り出してしまったからだ。
真坂が関わっている以上、このままのほほんとお館に留まっているわけにはいかない。
「永森さん、すみません。これから大事な用事があって」
夕食の準備をしている途中、永森さんに切り出した。
「瑠海奈さまのことが心配なんです。今から、瑠海奈さまについていこうと思います」
僕は瑠海奈さまの言いつけを破った。
瑠海奈さまは、自分にも他人にも厳しい人だ。
僕は今回限りで、お館の使用人という立場じゃいられなくなるかもしれない。
それでも僕には、愛李ちゃんを奪われた後悔と、これ以上真坂の好きにはさせたくないという怒りと復讐心があった。
もしかしたら僕は、真坂にやり返す機会を得るために、この世界に飛ばされたのかもしれない。
「瑠海奈お嬢様は、ゼミの仲間との食事会へ行かれたはずですよね?」
「違うんですよ、真坂っていうたちの悪い男が主催する危険な飲み会に呼ばれちゃったんです!」
「露崎くんがそういう強い言葉を遣うのは珍しいですね。よほどのことなんでしょう」
永森さんは、表情は穏やかながらピリッとした緊張感を漂わせていて。
「わかりました。それが露崎くんの決断なら、私は止められません。あとの仕事は任せてください。私の方でフォローしておきますから」
「あ、ありがとうございます!」
決心が鈍る前に、僕は厨房を飛び出そうとした。
「待ってください」
「えっ?」
「露崎くんは、瑠海奈お嬢様の行き先をご存知なのですか?」
「それは……」
全て自分ひとりでどうにかするつもりで、僕に一切のことを秘密にしようとした瑠海奈さまが、行き先を告げるはずもなく……。
「知りません……」
どうしよう。
このままじゃ、瑠海奈さままで真坂の毒牙に……。
「仕方ないですね」
永森さんはため息をつくんだけど、呆れているようでもなかった。
「瑠海奈お嬢様は、トミナカビルの7階にあるイベントスペースへ向かわれたようです」
繁華街にある、いかにも富の象徴って感じの高層ビルの名前だ。
僕が元いた世界で大学生をやっていた頃、チャラい連中がよく治安の悪いイベントを開催しているという噂があったから、実際に行ったことがなくても名前は覚えている。
でも……。
「ど、どうして永森さんが知ってるんですか?」
「この前、露崎くんには教えましたよね? 私は、風祭のお嬢様方ではなく、その後見人に雇われていると」
ふふふ、と微笑む永森さん。
「忙しく滅多に風祭家に顔を出せない後見人の代わりに、私がお嬢様方をお守りするべく、その行動を全部把握していないといけませんから」
永森さんの底知れなさを垣間見た瞬間だ。
思えば、僕がここに来るまでは、お嬢様たちのお世話を一人で全部やってきたのだ。
僕じゃ及びもつかないハイスペックメイドの永森さんを甘く見ていたところがあるのかもしれない……。
ちょっと怖いけど、今はそんな強さが頼もしいかも。
「ありがとうございます! このお礼は必ず!」
「それなら、一つだけ約束を」
「約束ですか? 永森さんには何度もお世話になってますから、何でも言ってください」
「以前も一度、露崎くんに言ったと思いますが」
「そうですか? えっと、以前と言えば……」
「今後あなたをつまみ食いしても、お嬢様方には内緒にしてくださいね?」
僕の耳元といよりは、頬に唇が触れるくらい近くで、永森さんが囁いた。
「え、つ、つまみ食い……?」
「ふふふ、急いだ方がいいんじゃないですか?」
「あ、そうだ! とにかくありがとうございます!」
僕は踵を返して、厨房を出る。
「つまみ食い……」
やっぱり僕は、永森さんに美味しくいただかれてしまうのだろうか?
「でも、永森さんが協力してくれたから、こうして瑠海奈さまの居場所がわかったわけだし……」
無事瑠海奈さまを助け出すことに成功したら、永森さんは立役者としてお嬢様たちの所有物である僕に手を出しても不問になるのかな?
って、僕はどうして、永森さんにいただかれること前提でモノを考えてしまっているんだ!
永森さんのことが嫌なわけじゃないけど、こういうことはお互い好きになってからするもので……。
「い、今は瑠海奈さま! 瑠海奈さまのことを第一に考えないと!」
雑念を振り払うように、僕は走った。
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