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第36話 因縁の相手

「おお、瑠海奈じゃねえか!」


 女の子の集団の中から、突然男の声がして、僕は自分でも驚くくらいの胸騒ぎを覚える。

 そして、乱れまくる動悸。


 男の声は聞き覚えがある。

 それもトラウマ級の出来事の最中で聞いたことのある声だ。


「真坂くん……」


 瑠海奈さまがその男の名前を口にしたことで、そいつが僕がよく知るあいつだと認めざるを得なくなった。


 真坂まさか洸太郎こうたろうが、どうしてここにいるんだ……?


 元いた世界で、僕から愛李あいりちゃんを奪った張本人が、こっちの世界にも現れた。

 男性が希少種の世界であれば、元の世界では産まれていたはずの人間が産まれていないなんてこともあるわけで、元の世界で因縁を持った相手がこちらの世界にはいないことを、僕は心の何処かで期待していた。


 思わず身を隠してしまいそうになるんだけど、曲がりなりにも使用人として暮らしてきた意地で、瑠海奈さまを放り出すことはしなかった。


 それに、不思議なことに瑠海奈さまからも普段の余裕が見当たらなかったから、僕がこの場を離れるわけにはいかなかったんだ。


「真坂くん、あたしに何か用でもあるのかしら?」

「おいおい、冷たいな。そんな態度取ることねえだろ? このオレがわざわざ話しかけてやってるんだから、もっと喜べよ」


 真坂はやたらと余裕があって、そして妙に傲慢な態度だった。ひょっとしたら、僕が元いた世界の真坂よりずっと自信に満ち溢れているかもしれない。


 けれど、僕が知っている真坂より、外見も服装も野暮ったく見えるのは気のせいだろうか?


 周囲の女子たちの視線は、もはや瑠海奈さまや僕ではなく、真坂に一極集中していた。

 そうだ、当たり前だけど、真坂は男子。

 この世界では貴金属より遥かに貴重な存在で、女性から引っ張りだこなのだ。


「お前が喜ぶ、いい話を持ってきてやったんだから」


 真坂は瑠海奈さまの腕に触れ、強引に迫る。

 使用人なら、割って入って、その腕をさっさと跳ね除けるべきだったんだ。


 でも僕にはできなかった。


 愛李ちゃんを取られた……いや、愛李ちゃんが真坂を選んだときのことを思い出しちゃって、根っこに染み付いた敗北感のせいで強く出られなくなっていたんだ。


「オレ主催の合コンに、お前も呼んでやることに決めたんだ。お前はオレに選ばれたんだよ。嬉しいだろ?」

「……ええ、そうね」

「なんだったら、今すぐ大学を抜け出してオレのものにしてやっていいんだぜ?」

「ありがたいことだけど、無条件でそんなことされたら他の子に悪いから」

「ククク……遠慮することねえのに。お前が他の女と格が違うってことは、今周りでこそこそ見てる女だってわかってるんだろうしよ」

「……どうかしら」

「じゃあ、お前も参加するってことでいいな?」


 瑠海奈さまの気持ちを一切考えない傲慢さに腹が立ってしまう。


 でも、瑠海奈さまの態度も気になる。

 普段の瑠海奈さまなら、こんなに言われたい放題にならないはずなのに。


「詳しいことはまたあとでな」


 僕が何もできないでいるうちに、真坂は踵を返そうとするのだが。


「そうだ、お前」


 無遠慮に僕の肩に触れてくる真坂。

 真坂に正体がバレた可能性を恐れた。


 元の世界にいた真坂がこっちの世界線にも存在するとなると、もしかしたらいるかもしれないこっち側の僕とも顔見知りなのでは? と疑ったから。


「見かけねぇ顔だが、瑠海奈のツレか? 顔は悪くねえな」


 別の意味でゾッとしたよ。

 見境なしにも程がある……。


 でも、女装をしているからか、僕が露崎律だと気づいていないようだ。

 それどころか、面識もなさそうな感じがある。


「だが、こっちがちょっと貧相だな。顔は80点、体は60点ってところか」


 ただでさえ信じられないような男だけど、その上最悪なことが起きた。


 真坂は、無遠慮に僕の胸に触れてきたのだから。

 おっぱいなんかなくても、この態度の悪さには辟易させられたし、こっちの世界でもこういうことを平気でやっているとわかって腹が立った。


「悪いがギリで不合格だ。オレの合コンに招待はできねぇな」

「困るわね。そういうことはやめてくれるかしら?」


 割って入った瑠海奈さまは、僕を真坂から遠ざけるような位置に立った。


「この子は私の大事な友達なの。男性を苦手にしてるから、あまり距離を詰めすぎないでもらえない?」

「変わったヤツだな。男が苦手なんて人生の9割は損してるぜ。手が空いたらオレが男の良さを教えてやるよ」


 真坂はまたも無遠慮に僕に触れてこようとしたんだけど、流石に何度も触れさせてやるわけにはいかない。気分悪いし。


 それとなく真坂の手を回避すると、露骨に不機嫌そうにした。

 真坂はこの世界では、傲慢な王様みたいな暮らしをしてきたのかもしれない。


「ごめんなさい。次の講義が始まるから急ぐわ」


 僕の腕を引っ張るようにして、先を急ぐ瑠海奈さま。

 真坂は、僕らを追いかけてくるようなことはなかったけど、じっとこちらを見ていた。


 これまで、どうにかこの世界での居場所を得るために、風祭家の正式な使用人になれるように頑張ってきた。


 でも、僕が抱え込んだ問題は、運良く使用人になれたとしても解決しないみたいだ。


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