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第35話 瑠海奈さまと大学へ

 瑠海奈さまときたら、いったい何を意地になっているのか、僕を人間だと思っていないような態度を取り続けた。


 僕の前で着替えようとするのは序の口で、一緒に入浴しようとしてきたり、僕をいつも抱きしめているらしいぬいぐるみ代わりにして寝ようとしたときだってあった。


 でもそのたびに、瑠海奈さまは真っ赤な顔になって気絶してしまうのだから、そのフォローに追われることになって、何かと手がかかることが多かった。


 そんなある日の朝。


「あんた、今日はこれに着替えなさい」


 瑠海奈さまの部屋に行くと、瑠海奈さまはガーメントバッグを僕に突きつけてきた。


「えっと、メイド服以外の服に着替えないといけないということは、僕はどこかへ出かけないといけないんでしょうか?」

「あたしの大学についてくるの」

「えっ、瑠海奈さまの!?」


 これまで、純礼すみれさまにくっついて外出することはあったけれど、通っている学校までついて行くのは初めてだ。


 瑠海奈さまは僕と同い年で、大学一年生だったはず。

 こっちの世界の大学を目にするのは、興味深いと同時に不安もある。


 元の世界で、僕の行動範囲内で一番身近だったのが大学という環境だったから、元の世界で負ったトラウマが蘇っちゃうかもしれない。


「そういえば、瑠海奈さまはどちらの大学に通われているんですか?」

蒼凰そうおう大学よ」

「蒼凰! 名門じゃないですか!」

「当たり前でしょ。風祭家の人間として、変なところには行けないもの」


 蒼凰大学は、僕が元いた世界にも存在する国内トップの私大だった。


 受験生時代、僕も志望校の候補にしていて、模試の結果も決して悪くなかったんだけど、親戚の家に預けられている家庭環境の都合上、浪人するようであれば即就職しないといけなかったし、奨学金制度を利用しないといけなかったから、より確実に合格を狙える別の大学を受験したのだった。


「時間がないわ。無駄話をする前に、それに着替えちゃって。ああ、あんたの着替えは別に見たくないから、自分の部屋でやりなさい」


 僕は、ガーメントバッグを手にして、そそくさと部屋へと向かった。

 普段メイド服ばかりな僕としては、純礼さまとのお出かけ以来久々の私服だ。


 それも、瑠海奈さまが選んでくれたもの。


 僕なんかよりずっとずっとセンスがいいはずの瑠海奈さまセレクトの服を着られるなんて幸せだなぁ、なんて気分になりながら、衣装を引っ張り出した。



 着替え終えた僕は、風祭家専属の運転手さんの車に乗せられ、蒼凰大学の門の前までやってきた。


「隣であんたがもじもじしてたら、あたしまで怪しまれるでしょ?」

「で、でも……」


 後部座席から降りた僕は、周囲の視線が気になって仕方がなかった。


「どうして僕、ここでも女装しないといけないんですか!?」

「当然でしょう? うちの学校の女子に、あんたが男ってバレたらどうなると思う?」

「そ、それは……」


 街中で起きたみたいに、獰猛な肉食獣みたいな女性が殺到する可能性はある。


「街中と違って学校にはそれなりに男子がいるから、おかしなことにはならないけれど、それでもあんただってできるだけ面倒なことは避けたいでしょ?」

「そ、そうかもしれないですけどー……」


 僕は、男性狙いの女性避けとして、女装させられていた。


 メイド服でスカートには慣れてるけど、メイド服と比べるとずっと短いから、さっきからめくれないか心配になってしまう。お尻のすぐ下に風が当たってスースーするんだけど、本当に大丈夫なのかな、これ……。


 それに、この世界に迷い込んでから髪を切ってないこともあって、最近余計に女の子っぽく見えるようになっちゃってる気がする。


「その服、貸してあげてるだけなんだから汚さないでよね」

「き、気をつけます!」


 洗濯しているとはいえ、瑠海奈さまの私物を身に着けて外を出歩いているとなんだか変な気分にもなる。


 これは僕が、まだまだ男性の気持ちを持ってるってことの証明。

 瑠海奈さまには悪いけど、このモヤモヤした重たいような恥ずかしいような心持ちは大事にしておかなきゃ。


「……それにしても、どうして男のあんたがあたしの服を着こなせちゃうのかしら?」

「えっ、何か言いました?」

「なんでも。ほら、早く行くわよ」

「待ってくださいよ瑠海奈さまー」

「いい? あんたは今日、あたしの友達ということでここにいるの」

「と、友達ですか?」

「そう。あたしと仲良しで、あたしの意見になんでも賛同してくれる。そういう存在よ」

「それは友人関係と呼ぶには不平等が過ぎるような……」

「それと……」

「なんです? 僕にできることなら、なんでもやりますよ?」

「……いえ、いいわ。出会わないに越したことはないから」

「?」


 僕は瑠海奈さまにくっついて、大学のキャンパスへと入っていく。

 さすが名門私大だって思ったよ。


 僕が通っていた国立大より設備が綺麗だし建物はおしゃれだし、心なしか女子も華やかな人が多いように見えた。


 一号館と書かれた建物に入ると、そこには色々掲示物が張り出されていて。


「ミスコン……?」

「うちの学校にはあるのよ。そういう古いシステムがね」

「瑠海奈さまは、ミスコンに参加するのが嫌なんですか? 優勝したら目立って面倒だとか?」

「ど、どうして優勝すること前提なのかしら?」

「瑠海奈さまの容姿を考えれば、優勝は手堅いかと」


 僕は周りを見渡す。

 オシャレな大学だけあって、道行く女子たちは多種多様な美人揃い。


「パッと見で一番目立っているのは瑠海奈さまですから」

「褒めたところで、その格好はやめさせないわよ」


 瑠海奈さまは、ムッとしているようでいて、顔つきはだらしなくへらへらしてしまっていた。


「優勝できないからミスコンを嫌ってるわけじゃないわよ。でも最終候補者からミスコン女王を選ぶのは、この大学で選抜されたいけすかない男なのよ? しかも『誰と交際してあげたいか』って上から目線な基準で男が選ぶんだから、気分いいはずないでしょ」

「バチェラー方式ですか……」


 男性が希少種なこの世界では、男性側が女性を選ぶという構図の方が多いのかもしれない。


 この1号館内は同じ学部の人が多く通うからか、キャンパスを歩いているときよりも瑠海奈さまへの注目度が増していた。


 瑠海奈さまは、僕が女性に取り囲まれることを心配してくれたみたいだけど、実際は逆だ。

 女装した僕なんかよりずっと、女性たちの視線は瑠海奈さまに集まっていたのだから。


「風祭さん、今日も素敵だわ」

「今年のミスコン女王は、風祭さんで決まりだね~。今からサインもらっちゃおっかな~」

「いつ見ても堂々としたあの振る舞い。やはり女性として、ああいう強気で攻め気な態度は見習わなきゃ」


 などなど。

 歩いているだけで、瑠海奈さまに対する評判を耳にすることが多かった。


 でも、そこは女性がやたらと積極的なこの世界のことなので、生易しくない口ぶりで敬意を表明する人なんかもいて……。


「やっぱりあの美しさは、数多の男性器を咥えこんでいるからこそよね!」

「違いないわね。あのいつでも自信に溢れた態度は、毎日のように精液を溢れかえらせているからこそ培われたものに決まってる」

「あの肌だって、精液に含まれるなんらかの成分がいい感じに作用してるに違いないわ!」

「そこらの男とセックスしてるだけじゃああはならないよ。きっと上級男性器と星の数ほどセックスしてるんだろうなー」


 すぐセックスモンスターと化する、清楚な見た目をしているはずのオシャレ女子たち……。


 このオシャレなオーラ溢れる大学なら、そんな輩はいないと期待していたけれど、結局これかぁ。


 このままこの世界にいたら、女性に対する見方が本当に歪んじゃいそう……。

 それでも瑠海奈さまは注目の的には違いなくて、少しでも油断すると女性たちに取り囲まれかねない勢いだ。


「す、凄い人気ですね」

「好きでこんな風になってるわけじゃないわよ」


 瑠海奈さまはちっとも嬉しそうにはしていなかった。

 前から思っていたんだけど、瑠海奈さまはこっちの世界の住人のわりには、僕基準で下品なことは口にしないし、久華さまや実紅さまほど性欲を露わにしない。


 最悪な出会いがあったとはいえ、男性の僕に対しても厳しい態度だし。

 男性全般に対して、思うところがあるのかもしれない。


「瑠海奈さま?」


 瑠海奈さまが突然険しい表情で立ち止まるものだから、僕もつられて足を止めてしまう。


 会いたくない人に出会った。瑠海奈さまはそんな顔をしていた。


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