第34話 僕のことを一番嫌っているはずのお嬢様
「とうとうこのときが来ちゃったかぁ……」
朝。
僕は、とあるお嬢様の部屋の前で、深呼吸をしていた。
「瑠海奈さまは特に僕のこと嫌ってたから、気が重いかも」
そう。
ついに僕は、瑠海奈さまのお世話をしないといけなくなったのだ。
思えば、出会いは最悪だった。
着替え中のところに遭遇してしまって、初っ端から印象は地に落ちているはず。
「逆にチャンスと考えよう。これを機に瑠海奈さまの信頼を得ることができれば、僕は使用人を続けられるんだから!」
実紅さまも、純礼さまも、そして久華さまも、僕の働きっぷりには満足してくれてるみたいだし……それなら瑠海奈さまだって、僕を認めてくれる可能性はあるよね?
「あっ……」
認めてくれた証としてキスされてしまったことを思い出して、恥ずかしくなる。
お嬢様三人がそうしてくれたなら、もしかして瑠海奈さまも?
「お、思い上がったらダメだ! むしろこれからが本番なんだから! よし、行くぞ!」
「さっきから人の部屋の前でうるさいんだけど?」
「わ! 瑠海奈さま!?」
僕が、よしっ、と拳を握ったちょうどそのとき、瑠海奈さまが部屋の扉を開けたものだからびっくりしてしまった。
「オバケが出たみたいな顔しないでくれる?」
「す、すみません……」
僕は慌てて頭を下げる。
瑠海奈さまは、もこもこした素材のパーカーにショートパンツのセットアップを着ていた。
お嬢様の寝間着って感じじゃないんだけど、見た目がいいだけにラフな格好でもドキッとしてしまう。
僕は何かと瑠海奈さまを怒らせてしまうことが多いから、怖い人だって印象の方が強くなってしまうんだけど、やっぱりこうして見ると信じられないような美少女だ。
「突っ立っていないで、さっさと使用人としての仕事をしなさい」
「あ、はい!」
僕は瑠海奈さまにくっついて部屋に入る。
瑠海奈さまの部屋には初めて来たけど。
「わ、凄い」
「は? 何が凄いのよ? バカにしてんの?」
「ち、違いますよ! そんなつもりは全然!」
瑠海奈さまの部屋は、綺麗に整頓されていて、清潔感があって、女の子らしい小物でいっぱいだった。
同じように純礼さまの部屋も綺麗ではあったけれど、女の子というより大人の女性らしい印象だっただけに、瑠海奈さまの部屋には新鮮な驚きがあった。
「そうね。大学生にもなってファンシーな小物ばかりなのだもの。バカにする気持ちもわかるわ。子ども気分が抜けきってない女とでも言いたいんでしょ?」
「そんなことないですよ! 可愛いじゃないですか!」
「か、可愛いってどういうことよ!?」
「え?」
僕の何気ないフォローのための言葉で、瑠海奈さまは顔が真っ赤になってしまった。
まさか、こんな過剰に反応をされるとは思ってもみなかった。
これまで僕は一人だけ……愛李ちゃんを褒めるために『可愛い』なんて言葉を使ったことはあるけれど、付き合っていた頃の愛李ちゃんだって、ここまでの反応はしなかった。
「もうっ! もうっ! いきなりなんてこと言うのよ!」
瑠海奈さまは、両頬に手を当てて、しゃがみ込んでしまう。
「えっと、大丈夫ですか……?」
「大丈夫に決まってるでしょ……!」
どうにか立ち上がる瑠海奈さまは、顔は上気したままだったし、脚もふるふる震えていた。
「だってあたしは、あんたのことなんてなんとも思ってないんだから!」
「それはもちろん存じていますけど……」
僕は使用人だ。
立場はちゃんと弁えている。
「あんたのことなんとも思っていないから、今ここで着替えちゃうこともできるわ!」
「ちょっ、ちょっと瑠海奈さま!」
瑠海奈さまは、勢いよくパーカーのジッパーを引き下げる。
中は白いTシャツだったけれど、生地が薄手な上に大きな胸に押し上げられているからか、ブラが透けて見えてしまっていた。
「着替えをするなら、僕は部屋の外に出ますから!」
両目を塞いで、扉へと向かう僕。
「待ちなさい」
でも、パッと伸びてきた腕に肩を掴まれちゃったんだ。
「あんた、御主人様が着替えようとしているのに無視して部屋を出ていく気? 言っておくけれど、あたしの着替えを見届けないとここから出られないわよ?」
お嬢様のお着替えを見ないと出られない部屋!?
ど、どういうことなの!?
アクシデントで僕に着替えを見られたときはあれだけ嫌がっていたのに、今回は完全に逆パターンじゃないか!
瑠海奈さまだって、女性がやたらと積極果敢な世界の住人。
内なる性欲が僕ごときでも大爆発になっちゃったってことぉ!?
でも瑠海奈さまに逆らったら、使用人失格になって、お館から追い出されちゃうかもしれないし……。
「わかりました……瑠海奈さまの言う通り、見ます……!」
「わかればいいのよ」
僕はドキドキしながら、その場に正座をして瑠海奈さまと向き合う。
まさか他人から強要されて裸を見ることになるなんて……人生、何が起こるかわからないなぁ……。
瑠海奈さまは、Tシャツのすそに手をかけ、一気に引っ張り上げる。
Tシャツの裾に引っかかった胸がふるんと揺れ、僕の目の前に現れた。
白くぽってりしていて、手のひらに乗せればずっしりとした存在感を持ちそうな重量感があるおっぱいは、真っ黒で精巧な刺繍が施されたブラに守られていたんだけど、それでも鼻血が噴射しそうなくらい刺激的だ。
でも、感動に浸ってる時間なんてなかった。
「瑠海奈さま!?」
瑠海奈さまが、目をぐるぐる回して、またも真っ赤な顔になってしまっていたから。
「ど、どう!? あたしはあんたのことちっとも意識してないんだから! だからこうやって平気で着替えられちゃうのよ!」
「絶対無理してますよね、それ!」
倒れそうな瑠海奈さまを支え、同時に足元に落ちていたパーカーを拾い上げて、慌てて胸元を隠す。
瑠海奈さまは軽く気絶してしまったらしくて、それから数分間目を覚ますことはなかった。
……やっぱり僕は、最も手強くて厄介なお嬢様の下についてしまったのかもしれない。




