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第32話 久華さまと後輩さん

「お待ちしておりました、神衣かむいさま」


 休日。

 久華さまの後輩である神衣さまを風祭家でお出迎えをした。


 久華さまに付き添われた神衣さまは、お館に入るなり面食らったようで、おっかなびっくり僕に一礼してくれる。


「すごっ! やっぱり先輩の家ってお金持ちだったんですね!」

「おいおい、まだ玄関だぞ? こんなところでビビってどうすんだよ」

「だって、可愛いメイドのお出迎えまであるんですよ! うちなんて精々ルンバなのに!」

「ああ、そいつはそんな格好してるけど……」


 言いかけて、久華さまは途中でやめた。


 まあ、この初々しい感じがする後輩さんだって、女性には違いないわけで、僕が男性とわかるやいなや襲いかかってくることもあるかもしれないし……。


「まあいいや。こっち来いよ。色々案内してやるから」

「はい!」


 神衣さまは、久華さまにぴったり寄り添うようにして先へと進んでいく。


 僕は忠実な従者として二人に帯同して、久華さまから用事を言いつけられたら応えていく。

 神衣さまは、久華さまに各所を案内されるたびに目を輝かせて、憧れの気持ちを強くしているように見えたけれど、久華さまには終始緊張が見えた。


 それもそのはず。

 久華さまはこれから、神衣さまに手料理を振る舞うことになっているのだから。


「うわぁ、こんな広いところで先輩はご飯食べてるんだ」


 大食堂へ連れてこられた神衣さまは、普段は久華さまが使う椅子に腰掛けて、久華さまが戻ってくるのを待っていた。

 今頃久華さまは、厨房で神衣さまのために料理をつくっていることだろう。


「メイドさんはいいですね、いつでも先輩のそばにいられるんだから」


 神衣さまから羨望の視線を向けられてしまう。


「私も、先輩専属のメイドさんになれたらな~。学校ではメイドさんみたいに先輩の周りにくっついてるんですけど、プライベートな姿は全然知らないんで」


 夢見がちな表情になって、くねくねし始める神衣さま。

 なんとなくだけど、神衣さんは僕が男子だって明かしても、特に大きな反応をしないように思えた。


「でも先輩って本当にすごいんですよ! カッコいいしスポーツならなんでもできちゃうし、うちの学校にちょっとだけいる男子よりずっとずっとすごくてカッコいいんです! 私も先輩に憧れて、少しでも近づきたいって思ってるんですけど、あれだけすごい先輩に追いつくなんて無理ですよね。あーあ、私も先輩みたいに、いや、先輩として生まれたかったなぁー」

「素晴らしいお考えですね」


 ついつい苦笑いになってしまう。

 神衣さまは、なかなかに愛が重い後輩さんみたいだ……。


「でも、そんな先輩にも欠点があるんですよねー」


 しょうがない子、みたいな表情を浮かべる神衣さま。


「先輩って、ちょっと見栄っ張りですから。今日だって、こうして手料理を振る舞ってくれるみたいですけど、たぶん先輩、料理は苦手です。私と話してるときも、料理の話になったときは、いつでも自信満々な先輩のはずなのに目が泳いじゃってましたから」


 よほど神衣さまは、久華さまのことを普段からよく見ているのだろう。


「でも、料理が苦手な程度じゃ先輩への憧れは変わりませんよ。むしろ、先輩にはちょっとくらい欠点がないと。お近づきになりにくくなっちゃいますし」


 久華さまは、最初から何も悩む必要なんてなかったみたい。


「あっ、でもメイドさんはこの話、先輩に告げ口したらダメですからね?」

「もちろん秘密にしますよ」

「おう、美依みい、待たせたな」


 ちょうど久華さまが、大食堂に戻ってきた。

 久華さまの手にはトレイがあって、お皿に乗ったおにぎりと添え物の緑茶があった。


「今まで黙ってて悪かった。実はあたしは、料理なんて全然できねぇんだ。栄養学の知識はある程度持ってるけど、食ってるメシは使用人任せなんだよ」


 久華さまは、お皿を神衣さまの前に置く。


「これが今のあたしの全力だ」


 お皿の上のおにぎりは二個あったんだけど、サイズはまちまちだし、かたちも綺麗な三角形とは言いがたかった。


「ぶさいくで悪いな」

「そんなことないです。とーっても美味しいですよ!」


 それでも神衣さまは、一切邪気のない笑みを浮かべて、久華さまお手製のおにぎりを頬張っていた。


「いつか、そんな忖度抜きに美味いって言わせられるようになるから」

「え、じゃあ先輩はまたお家に招いてくれたり、こうして手料理を振る舞ってくれるんですね! やった!」

「そんなに期待されるとプレッシャーだな……まあいいや、それくらいの方が、むしろ燃えるってもんだ」


 この調子なら、心配するようなことはもう何もなさそうだ。

 二人の邪魔をしないように、部屋の奥で待機していようとしたときだ。


「おう、露崎、ちょっと待てや」

「え?」

「悪いけど、美依はちょっとの間だけ目ぇ閉じててくれ」

「先輩がそう言うのなら」

「こっち来い」

「わ、わかりました」


 なんだろう?

 僕、何か悪いことしたかな?


 久華さまは、びっくりするくらい強く僕を抱き寄せると。


 ちゅっ。


 奪う、という表現がぴったりな力強さで、僕にキスをした。


「次はこっちももらっていくからな」


 僕から体を離した久華さまは、僕の心臓のあたりを指す。


「そ、それって……」

「美依、目ぇ開けていいぞ」

「えー、先輩、もういいんですか? 私、てっきり先輩からキスされるものかと」

「なんでお前にキスしなきゃなんねーんだよ。だいたい今やったら、お前からおにぎりの味がしそうだしヤだよ」

「いいじゃないですかー、おいしそうで!」


 同じ学校の先輩と後輩の歓談が始まれば、僕が出る幕はない。


 部屋の隅で用事を言いつけられるのを待つ間も、まさかあの久華さまからキスされると思っていなくて、いつまでもドキドキしっぱなしだった。


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