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第30話 お嬢様たちの料理と家庭の味

「今日集まってもらったのは、他でもありません」


 まるで密室探偵モノでこれから推理ショーが始まるような雰囲気を出してしまったけれど、僕がいるのは厨房だ。


「これからみんなで、久華さまのお料理の練習に付き合いましょう!」


 僕が高らかに宣言したときのお嬢様たちの反応は、想定以上によろしくなくて。


「わたしたちを殺す気か……?」

「久華ちゃんの料理、久華ちゃんの料理……ねぇ?」

「そんなの、あたしの体が耐えられるわけないじゃない」


 実紅さまも、純礼さまも、瑠海奈さまも、始まる前から青い顔をしていた。

 姉妹として、久華さまの料理の腕前はもう知っていたんだろうけど……まるで、これから殺されかねないくらいの恐怖を感じているように見えた。


「ほら、こうなるんだよ……」


 そんな反応をされたら、久華さまだって始まる前から落ち込んでしまうというもの。


「違いますよ、久華さま。お嬢様たちは、乗り気でここへ来てくれたんですから!」


 僕が誘ったとき、少なくとも実紅さまと純礼さまは嫌な顔をすることはなかった。

 だから決して、嫌がっているわけではないはずなんだけど……。


「わたしは、きみが大事な用があるというから期待してノコノコこんなところに来てしまったんだが?」

「私もよ。具体的にどんな用事なのかわからなかったけれど、律くんに誘われたら断れないもの。どんな素敵なイベントがあるのかと思って来てみたら……」


 実紅さまと純礼さまが、心なしか眉をハの字にして困った感じで言う。


「あたしは、絶対何か怪しいって思って、実紅と純礼姉さんのことが心配で付いてきただけだから。そしたらこんな……」


 瑠海奈さまは、あからさまに僕に視線を向けて、大きなため息をついた。


「違いますよ、試食をしてもらおうというわけじゃないんです」


 それでも僕は、お料理特訓に付き合ってくれるように説得しようとした。


「みなさんは久華さまと一緒に料理をしてくれるだけでいいんです。やっぱり、お嬢様たち姉妹同士でアドバイスし合う方が、技術を吸収しやすくて上達も早いと思いますし」


 このお館の中で一番料理が上手いのは永森さんだ。

 でも、永森さんはメイド。


 使用人の言うことより、同じ風祭の姉妹からの助言の方が素直に聞けるかもしれないと思ったのだ。


「そういうことなら、付き合ってあげないでもないけど」


 先陣を切ったのは、瑠海奈さまだった。

 やはり姉妹のことだから、久華さまに元気がないことだって気づいていたのだろう。


 瑠海奈さまが呼び水になって、結局はみんな付き合ってくれることになった。


「レシピは私が用意しましたから、これに沿ってつくっていただければ」


 永森さんには事前に話をしてあって、久華さまでもつくれそうな料理のレシピを持ってきてくれていた。


 風祭四姉妹が入り乱れての厨房。

 四姉妹が揃って料理に取り組む姿は、姉妹みんなで連帯する姉妹愛すら感じられて、美しく、そして兄妹がいない僕からすれば羨ましい光景でもあった。


 でも僕は、自分の見通しの甘さを痛感させられることになった。


「ところで、これは塩か? それとも砂糖? まあ、どっちも変わらんだろ。しょっぱければ甘く、甘かったらしょっぱくすればいいだけの簡単な話だ」

「あらあら、包丁ってどう握るのかしら? 確か、手をグーにすると千晶ちあきから聞いたことがあるわ。手をグーにして、刃の背中を部分を指で挟めば……」

「調味料の『少々』とか適量って何よ。あたしの感覚でいいの? ちょっ、この電子レンジ勝手に爆発したんだけど!? 玉子を温めようとしただけなのに!」


 そう。


 久華さまに限らず、実紅さまも純礼さまも瑠海奈さまも、風祭の四姉妹は、みんな揃って料理が壊滅的だったんだ。


 料理の試作品が乗ったテーブルの上は、まさに地獄絵図。

 永森さんのレシピがあるはずなのに、どうしてこんな別物ができてしまうんだろう?


「なぁ、露崎」


 出来上がった料理の向こうから、久華さまが言う。

 申し訳無さそうな表情の久華さまは、バツが悪そうに頭をガシガシと掻く。


「お前には感謝してる。付き合ってくれてありがとうよ。お前が言い出さなきゃ、こうしてみんなで料理することもなかっただろうしな」


 久華さまの周りにいるお嬢様たちは、まるで過酷な一戦を終えた直後みたいに消耗していた。


「もう十分だ。何ができて何ができないか、勝負に勝つには自分の実力をきっちり把握することも大事だってわかってる。今のあたしの実力じゃ、どう頑張っても勝負の土俵に立つのは無理だ」

「そんな。どうして弱気になるんですか?」

「もういいんだよ。こんなヤベーもんしか作れねえんだから、後輩を失望させることになるだけだ」

「諦めるのは早いですよ。僕の試食が済んでないじゃないですか」

「は? お前が食うつもりだったの? やめとけよ、この前だって食わずにギブアップだったじゃねえか」

「あのときは、すみません。せっかくつくってもらった料理を無駄にしてしまって。だから今日は、リターンマッチをさせてもらいます」

「カッコつけてんじゃねぇよ、あたしはお前の体調を心配して言ってやってんのに」

「僕なら大丈夫です」


 大量の料理が並べられたテーブルの席に着く。


「久華さまの努力に報いたいですし」

「えっ?」

「その指の怪我、トレーニングじゃなくて、一人でこっそり料理の練習をしていてできたものですよね?」


 久華さまがささっと隠した指先には、少し前まで絆創膏をしていたのであろう白い痕があった。


 厳しいけれど、努力家でストイックな久華さまのことだ。

 僕から色々言われっぱなしになったままでいるはずがない。


「僕は、家庭の味なんて知りません。両親を早いうちに亡くして、それからは親戚をたらい回し。家族扱いされることもなかったですから、温かみのある手料理を味わったことなんてほとんどないんです。でもこれは、曲がりなりにも久華さまが僕のために作ってくれたものです」


 テーブルに並んだ、実験的に過ぎる料理が乗った皿を一つずつ引き寄せていく。


「そんなありがたいもの、全部いただかないと失礼じゃないですか」


 全部たいらげた結果、体調を崩してしまう可能性は十分にある。

 でも、永森さんがこっそりおくすりを手に待機してくれているから大丈夫。


 ……かもしれない。


「いただきます!」


 僕は、作ってくれた数々の料理を前に両手を合わせ、箸を手に取った。


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