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第3話 変質者の処遇

 僕が連れてこられたのは、食堂だった。


 やっぱり大きな洋館なだけあって、食堂も広い。

 大きなテーブルを囲んで、さっきまで僕を追いかけていた人たちが議論を交わしていた。


 もちろん議題は、僕の処遇。


 ちなみに僕は、体をロープでぐるぐる巻きにされた状態で床に転がされていて、そばにはメイドさんが立っていた。


あかね、ちゃんとそいつのこと見張っててね」

「はい、瑠海奈お嬢様」


 お風呂場の子こと瑠海奈さんに言われ、メイドさんが恭しく礼をすると、視線はこちらに向かってくる。


「どうも。風祭家のメイドをしている、永森ながもり茜です」

「は、はあ、どうも……」

「歳は22歳です」

「そ、そうですか。僕より二つ年上ですね」


 メイドの永森さんは温厚そうに微笑む。

 ホワイトブリムの似合う人で、長い黒髪はシンプルに後ろで結んでいる。それでも野暮ったくなく、美しく見えるくらい顔立ちが整っているんだけど、イメージと違って小柄で僕と同じくらいの背丈に思えた。


 このメイドさんは優しそうだけど、僕は覗きの変質者で不法侵入者なわけで、僕を逃がしてくれるようなことはないだろうなぁ。


 でも、僕の処遇を決めようとしている姉妹を前にして、思ったことがある。


 この四姉妹は、洋館の外で出会ったような、僕を男と見るや取って食おうとした女の人たちとは違う。


 だって、ちゃんと僕を嫌悪しているのだから。


 ……って、こんなことを根拠にまともだって感じたくはなかったけど。


 議論を通して話を聞いているうちに、姉妹の名前がわかってきた。


 お部屋での着替え中に遭遇してしまった、妖艶な美人が長女の純礼すみれさん。

 お風呂場で遭遇してしまった、やたらと強気で怖いのが次女の瑠海奈るみなさん。

 道着ごとサラシを脱がせてしまったのが、アスリート気質で男子っぽさがある三女の久華ひさかさん。

 そして、僕が転んだせいでおっぱいを揉んでしまった小柄な子が、四女の実紅みくさん。


 この人たちが、風祭家の四姉妹らしい。


 メイドの永森さんを除けば、他に住人はいないみたいで、姉妹の他に両親は見当たらない。


「変態、立ちなさい」


 気づくと瑠海奈さんが、僕のすぐ近くで仁王立ちをしていた。


「あんたの処遇が決まったわ。この場で処刑」

「ひっ!?」

「……と言いたいところだけど、感謝なさい。純礼姉さんがあんたに温情をかけてくれたわ」

「よかったぁ」

「茜。こいつを椅子に座らせて」


 茜さんは瑠海奈さんの指示で、ロープでぐるぐる巻きの僕をそっと立ち上がらせて椅子に座らせた。


 そんな僕に、四姉妹の視線が集まる。


「あんたは何が目的でここに?」


 胸の前で腕を組んで問い詰めてくる瑠海奈さんの姿は、まるで尋問する刑事のようだ。


 どうしよう。

 正直に言ったところで、信じてもらえるかな?


 ていうか、四姉妹の反応を見る限り、実は僕は男性というだけで追いかけられるような奇妙な世界線じゃなくて、元いた世界に戻ってきているって可能性もある。

 でもそれだと、この洋館に勝手に足を踏み入れた正当な理由がなくなっちゃう……。


 まあここは、ウソは言わない方が良さそうだ。


「女の人たちに追いかけられて、逃げた先がこのお館だったんです。それで、匿ってもらおうと思って住人を探していたら、あんなことになってしまって。でもおかしいですよね。歩いてるだけなのに、殺気だった女の人が僕を追いかけてくるなんて。そんなこと、現実であるはずないのに」

「ふむ。それは妙だね」


 僕に賛同してくれたのは、四女の実紅さんだった。

 姉妹の中では一番年下でも、なんとなく賢そうなオーラが漂っているから、この子の賛同を取り付けられたのは頼もしい。


「で、ですよね! 僕が男性ってだけで、あんな――」

「む。やっぱりきみは男性なのか。それならおかしいのは、きみだ」

「えっ!? どうして!?」

「どうしても何も。男性がどれだけ不足しているか、義務教育を受けていれば誰だって知っているだろ?」

「あの男性と女性の人口比が、1:10って話ですか!? そんなはずないですよ、だいたい半々になるはずですから!」

「なーんかおかしなこと言ってんな」


 眉をひそめたのは三女の久華さんだ。


「お前の言う通りなら、男子スポーツってジャンルは廃れてねえんだよ。あーあ、嫌になっちまうよな、あたしは同性同士じゃ敵なしだからさ、フィジカルに優れた男子に混ざって、自分がどこまでやれるか試してみたかったのによ」

「そんな……冗談ですよね?」


 僕の知る世界では、男子スポーツの方が競技人口が多くて、スポーツビジネスの規模も大きかった。

 あれだけ文化として根付いているものが、廃れるなんてありえる……?


「冗談だったらどれだけ良かったかしらねぇ」


 ベビードールの上にカーディガンを羽織っただけという薄着の純礼さんは、テーブルに身を乗り出してため息をつく。


「男女比が半々なんてありえないわよ。今や大学もほぼ女子校状態だもの。中学や高校だって、今どき男子校なんてないわ。ずっと昔に女子校に鞍替えしちゃったみたい。もちろん、男子の入学者がほとんどいないからよ」

「ていうかあんた」


 刑事役の瑠海奈さんが、怒りよりも心配が勝るような表情を向けてくる。


「それマジで言ってんの? いくらなんでも常識知らなすぎじゃない?」

「ほ、本当なんですよ! 僕だって、常識を口にしてるんです!」


 僕は、これまで生きてきた当たり前の世界のことを説明した。

 必死で説明する僕だけど、みんなは「何を言ってるのかわからない」って表情を崩さない。


 まるで、荒唐無稽な映画のあらすじでも聞かされているような顔をしている。


「いい? 特別にあんたのために、改めて教えてあげるわ」


 瑠海奈さんが言った。


「あんたの常識がどうだろうと、一般的には、全世界の人口は、男性と女性では女性が圧倒的に多くて、その比率は男女で1:10の割合。つまり、30人の教室だったら、おおよそだけど男子は3人で女子は27人ってことになるわね」

「それだけ少なかったら、男の子の取り合いになっちゃうのもしょうがないわよね?」


 頬に手を当て、困ったような顔をする純礼さん。

 大量の女の人から追いかけられることを身を以て経験しているだけに、瑠海奈さんの言うことには説得力があった。


「最近では日本でも一夫多妻制の導入が真剣に議論されてるな。宗教的な理由で導入に消極的だった欧米の先進国も、今では実地段階に入っているところの方が多数だよ」


 実紅さんが、手にしたスマホと対話するようにして言った。


「じゃあ僕は……本当にとんでもない世界に……?」

「変なの。なんで絶望的な顔してんのよ。希少種を傘にきて女性に好き勝手できる方が、あんたみたいな連中にとっては都合がいいはずじゃない」


 瑠海奈さんは何か言ったみたいなんだけど、強気な彼女にしては随分と小声だったし、そもそもショッキングな事実を突きつけられたばかりで、瑠海奈さんの言葉も耳の右から左へと抜けていってしまうのだった。


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