第28話 永森さんもこの世界の一般女性&久華さまの異変
休日。
僕は、永森さんと一緒に庭仕事で汗を流していた。
芝刈り機の操作を教えてもらって、お館周りの芝を整えていると、それだけで僕の心まで整っていく気がするから不思議だ。
「露崎くん、これを」
永森さんが手にしていたのは、ストローハットもとい麦わら帽子。
「今日は暑いですから。日除けにするといいですよ」
「ありがとうございます」
頭だけ麦わらの盗賊団になって、僕は暑い中作業を続けた。
永森さんは少し離れた位置でガーデニングをしているんだけど、涼しい顔で微笑み、ちっとも辛そうにしていない。
思えば永森さんはどんなときでも涼しい顔をしていて、その上でお館の仕事を全部一人でやってきたという話だから、久華さまとは違った意味で体力オバケの超人なのかもしれない。
「永森さんはすごいですね。僕なんか、お嬢様一人ひとりのお世話をするだけで大変だなぁなんて思うくらいなのに、永森さんは平気な顔で全部やっちゃいますから」
「ふふふ、これが私の仕事ですからね。やれない、できない、では通用しませんから」
これがプロフェッショナルな考え方ってやつなのかな。
「永森さんは、いつからここへ?」
「高校を卒業して、間もなくですね」
「純礼さまが誘ってくれたんですか? それとも、お嬢様たちのお母様から雇われたとか」
「いえ、私は、風祭のお嬢様の後見人をやっている方と元々知り合いで」
「ああ、そうだったんですね」
「それが縁で、風祭家で働くようになったんです。だからどちらかというと、私は後見人の方に雇われている身分ですね。お嬢様たちのお母様……深景さまは、私がこのお館に来たときにはもうお亡くなりになっていましたから」
どうやら、永森さんは僕とは事情が違うみたい。
「でも、露崎くんは、風祭家の長女である純礼さまに直接雇われているようなものですから、私よりはお嬢様たちに近い位置にいることになりますね。私よりもずっと信頼されていると思いますよ?」
「そんな。僕なんて力不足を痛感する毎日で」
「ふふ、そんなことありませんよ。私の目から見ても露崎くんは立派にやってくれてます」
そうかなぁ、なんて照れくさい気持ちになっていると、いつの間にかすぐ横に永森さんの顔があって、慌てて芝刈り機の操作を止める。
「ど、どうしたんです?」
「いえ、残念だなと思いまして」
永森さんの目は、いつものようにニッコリと細くなった感じと違って、妖しげに光る瞳がしっかりと見えていた。
「お嬢様たちに雇われていなかったら、私がこっそりつまみぐいしていたのに」
そうだった……。
優しく親切な永森さんだって、性欲が強くなければ生き残れないこの世界の女性なんだ。
「あ、あの……永森さんまでそんな感じだと、ドキドキして仕事にならなくなっちゃいますので……」
「露崎くん、そういう態度は女性からすれば誘っているように見えてしまいますから、気をつけてくださいね」
「あっ、き、気をつけます!」
「本当、お嬢様に雇われているのでなければ先輩の立場を利用して私好みの男性に調教……いえ、なんでもないんですけど」
ぽそっと口にした言葉なのに、いや、だからこそ強烈に響いてしまった。
実紅さまが以前言っていたように、やっぱりこの世界では女性は男性に積極的な方が良しとされているらしい。
永森さんの印象だけを取り上げれば、おっとりとした清楚な人だし、そんな人が性に積極的だなんてことになったら……。
メイドをしているときのしっかりした永森さんと、一切何も身につけていない永森さんとで、対極のイメージの温度差で風邪を引いちゃいそうだ。
僕はなんて想像をしてしまっているのだろう?
「露崎くん、顔が赤くないですか? 暑い日に長く庭仕事は体に良くないですよね。休憩にしましょうか」
「ご休憩!?」
「ふふふ、どうして休憩に過剰反応するんです? わかりました。露崎くんがその気なら、本当にご休憩にしてもいいですよ」
「ち、違いますよ! それにほら、まだ仕事が残ってるじゃないですか!」
「冗談ですよ。本当に、露崎くんは可愛い後輩ですね」
くすくす笑う永森さん。
「もう。僕はそういうの本気にしちゃうんですから、冗談も選んでくださいね」
「気をつけますよ。お詫びに冷たいアイスティーを入れますから、お館に一旦戻りましょう。もちろん、健全な意味での休憩ですよ?」
なんだかんだで、永森さんも油断ならない人だよなぁ。
★
「それでさ、もっと手軽な方法で、こいつやるじゃんって感じのやつにできねーかな?」
「ん? 久華さま?」
厨房の前を通りがかったときだ。
久華さまと、永森さんが額を突き合わせて何やら相談しているのが見えた。
珍しい組み合わせかもしれない。
永森さんはいつでも冷静だから、感情的な久華さまからすれば物足りなさがあるようで、二人きりで何かをしている姿を見かけたことがなかったから。
「いっそ、久華お嬢様のものということにして、私がつくりましょうか?」
「ん~、それなんかズルくね? あくまであたしがやりましたってものじゃねえとなぁ……」
「失礼しました。素晴らしい心がけだと思いますよ。それなら久華お嬢様のお気持ちを尊重して、私なりにいくつかレシピを考えておきますね」
「悪ぃなぁ」
「わ、やば。隠れなきゃ」
結果的に盗み聞きをしてしまっていたわけで、これが久華さまにバレたら高負荷のトレーニングを強要されてしまうかもしれない。
「露崎くん、どうかしましたか?」
物陰に隠れたおかげで、久華さまをやり過ごすことはできたんだけど、永森さんに見つかってしまった。
こうなったら、変に隠さない方がいいかも。
「すみません。久華さまと何やら相談をしているのを見てしまいまして」
「ああ、そうだったんですね」
「あっ、でも、何の相談なのかはわからなくて。詮索するつもりはないんです。いつも堂々としている久華さまが遠慮がちだったくらいですから、よほど大事なことなんでしょうし」
「そうですね。私からは何も教えられませんね。久華お嬢様の信頼を失いたくないですから」
その場はそれだけで終わったんだけど。
夕食のとき、久華さまは気になる態度を取っていた。
僕はいつものように、いつでもお嬢様たちの要望に応えられるように後ろに控えていたんだけど。
食事の席での久華さまは、食べ物を口に運ぶよりも、食べ物を見つめている時間の方が長いように見えた。
「あら? 久華ちゃん、具合でも悪いのかしら? お食事が進んでいないようだけれど?」
一番最初に声を掛けたのは純礼さまだけど、瑠海奈さまも気にするような素振りを見せていた。
「いや、別になんでもねえけど……」
「久華にしては珍しいわね。いつもはおかわり前提でばくばく食べてるのに」
「んだよ、瑠海奈姉。あたしを稀代の食いしん坊みてえによ」
「生理か? 久華姉」
「実紅、ぶん殴んぞ」
「ふむ。では、穏便にアタック・オブ・ザ・キラー・トマト・デイと呼ぶことに」
「呼び方の問題じゃねえんだよ。態度だ、態度」
結局、久華さまはその理由を言おうとしなかった。
「いいんだ、別に姉ちゃんたちには関係ないから」
おそらく、久華さまが不調な理由を知っているのは、僕の隣に立っている永森さんだけだろう。
「……お嬢様たちに心配を掛けてしまうとなると、私ものんびりはしていられませんね」
永森さんはいつものと同じ、目を細めた穏やかそうな表情だったけれど、どこかピリ付くような緊張感をまとっているように見えた。




