第26話 実紅さまはお強いらしい
久華さまは、高校2年生。
どこか特定の部活動に所属しているわけじゃないらしいけれど、部活動の助っ人で引っ張りだこで、姉妹の中でも帰宅時間は遅い方だ。
「毎日よくやるな、と思うよ。今日で何日目だ?」
実紅さまが言った。
「一週間ってところですかね」
この日は実紅さまの帰宅が早かったので、「たまにはわたしに構え」と実紅さまに誘われて、以前お仕えしていたときのように一緒にゲームをしていた。
「わたしはバキバキのインドア派だからな。脳筋ゴリラの久華姉に付き合っていけるだけ、きみは立派だと思うよ。しかも久華姉は、フィジカルが優れているせいか、性欲も旺盛だ」
「……それは、わかる気がします」
「だが安心してほしい。一番はわたしだ」
「いやいや、実紅さまは久華さまのように実力行使でモノを言わせる感じじゃないですし、久華さまの方がお強いような気がしますよ」
「なん……だと……?」
「ショックを受けるようなことなんですか?」
「いいかい? この世の中、男性の数が極端に少ない以上、女性はアグレッシブにならないといけない。消極的な女性は、将来あぶれることになる可能性が高い。だから、女性コミュニティでは侮られてしまうんだ」
「な、なるほど……」
理解できることではあった。
裏を返せば僕だって、元の世界にいるときは男らしくないことで軽く見られた経験はある。
そもそも、愛李ちゃんを取られちゃったのだって、僕が全然積極的じゃないって思われちゃったのが悪いわけだし。
「『えっちでなければ女ではない。やらしくなければ生きている資格がない』。わたしが生まれるよりずっと昔に、そんなフレーズが流行したらしくてな」
「そんなものが……」
「空前のベビーブームを象徴するフレーズだったようだ。当時の若い女性の性欲に火を付けたらしいな」
やっぱりこの世界は、僕のよく知る世界と全然違うよ……。
「世の中の女性は性欲が強そうに見せようとするし、そう見られると喜ぶ。だから女性を指して、奥ゆかしく清楚だ、なんて不用意に口にするなよ。それは生命力が低いと指摘するようなもので、女性を侮蔑する言葉だからな。下手をすると激怒されて、慰謝料代わりにきみの子種を絞りとられるかもしれない。実際、アメリカではそういう裁判があって、被告側が敗訴した判例もある。金も精子も貪り取られたらしい」
怖っ……。
「でも、純礼さまもそうですし、瑠海奈さまもあまり、その、そういうことに物凄く関心が強い感じはしないといいますか」
純礼さまの場合、えっちなハプニングはあったけど、あれは狙ってやったわけじゃないはず。接する限りは、性欲面でおかしなところはなかった。おかしな水着を試着してはいたけど。
瑠海奈さまだって、男性に厳しそうな感じだし……まあ、僕が相手の場合は、出会いが最悪だからってこともあるんだろうけど、男性相手に欲情して迫る姿は……想像できないかなぁ。
「ふふふ、ウブだなぁ。きみは本当にウブだ。女性を見抜く目が養われていないね」
「な、なんですか、そんな笑わなくていいじゃないですかぁ」
「純礼姉も、瑠海奈姉も、ちゃんと女性なのだが。ふふふ。体を持て余してしまう日もあるんだがね」
「えっ、と、ということは、純礼さまも瑠海奈さまも実紅さまみたいに……」
「詳しくは言わないでおいてあげよう。きみはウブなままでいてくれ。なにせ童貞は、とてもとても貴重な存在で、天然記念物として女性から一目置かれるのだから」
童貞扱いが不名誉な感じがするのは、元いた世界だろうとこちらの世界だろうと変わらないみたいだ。
「でも安心してほしい。きみが童貞を捨てたければ、わたしがお相手してあげる」
ありがとうございます、と言うべきところなんだろうか?
実紅さまって、本気なのかどうなのかわからないところがあるからなぁ。
いや、僕は所詮使用人なんだから、お嬢様たちに手を出すようなことは絶対しないけどさ。
「あっ、なんだよー。ここにいたのか!」
ノックもせずに、実紅さまの部屋にやってきたのは、久華さまだった。
「久華さま? すみません、お迎えできなくて」
「ああ? 別にいいよ。あたしは帰る時間が不規則だから。それより、あたしのトレーニングに付き合ってくれ」
久華さまのトレーニングに付き合わされるのは、毎朝のことでもう慣れたものだ。
今もめちゃくちゃキツいことに代わりはないけれど、もう無理だと音を上げることのない程度には食らいついていけるようになっていた。
「それはいいですけど……」
実紅さまに視線を向ける。
ゲームの途中になっちゃうけど、いいのかなぁ。
「構わんよ。付き合ってくれてありがとうな」
「え? なんだよ、お前ら二人っきりで。怪しいなぁ。いやらしいことならあたしも呼べよ」
「久華姉はさっさとわたしのお気に入りを返してくれ」
「やだよ。もうちょっと使いたいんだから」
「そんなこと言って、借りパクするつもりじゃないだろうな?」
どうやら久華さまは、妹から借りたものをなかなか返さないルーズなところがあるらしい。
ここはちょっと諌めてみるのも、使用人としての務めなのかも。
「久華さま、借りたものは早く返すべきですよ」
「わかってるよ。でもなぁ、もうあたしはあれで一発抜かないと安眠できない体になっちまってるんだよ」
「えっ、抜くって……?」
「わたしお気に入りのたまご型プレジャートイを貸してるんだ。ちょっとユニークな自慰体験を味わわせてくれるスグレモノだぞ」
「そうだよ。あたしのセンシティブなプライベートに土足で踏み込むのはやめろや。失礼だぞ」
「なんか、すみませんでした」
いくら男女で貞操観念が逆になってるってわかっていても、未だ元いた世界の常識が残る僕としては、女子同士の自慰トークは幻想が壊れて憂鬱になっちゃう。
ていうか、姉妹でアダルトグッズの貸し借りしないでよ……。




