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第23話 僕はお嬢様の盾

「はぁ、はぁ、ここまで来れば……」


 どうにかカフェを脱出した僕と純礼さんは、噴水が目立つ公園にたどり着いた。


「申し訳ございません。純礼さまを無遠慮に引っ張って」

「構わないわよ。危ないところだったものね」


 純礼さまは微笑んでくれるのだけど、店を出て以降ずっと純礼さまの手を握りっぱなしだったことに気づく。


「す、すみません! いつまでも繋いでしまって!」


 慌てて離す僕に対しても、純礼さまは気にしていない様子で。


「ふふふ、気にすることないのよ。なんだったら、ここからずっと手を繋いで一緒に帰る?」


 微笑む純礼さまは、手を差し出してくる。


「あら?」


 危機を乗り越え、どこか穏やかな空気感が漂っていたのは、ここまでだった。


「あっ……」


 純礼さまが胸元に手を当てたとき、表情から余裕が消えてしまった。


「どうしました?」

「な、ないの!」


 うっかりパンツを見せてしまおうが、お皿を割ってしまおうが、危うい水着に躓いて僕と大人の組体操をしてしまおうが、自信満々で取り繕おうとするのが純礼さまだった。


 でも、純礼さまの胸元から消えたモノのことを思うと、純礼さまといえども気が動転するのもわかる気がした。


「お母様からもらった指輪が……」


 胸元で輝き、純礼さまを見守っていたはずのリングが消えていたのだから。


「さっきのカフェで、相当もみ合いになりましたから……」


 殺到する性獣と化した女性客から逃げるときに落としてしまったのかもしれない。

 これは……僕の責任だ。


「僕、探してきます!」

「待って! 律くんが行ったら、今度こそしおしおのミイラになるまで搾り取られてしまうわ!」

「そうかもしれませんが……」

「私、一人で行って探してくるわ。大丈夫。どこで落としたのかハッキリわかっているのだから、すぐに見つかるわよ。すぐ戻って来るから、ここで待っていて」


 純礼さまは自分自身に言い聞かせるようにして、カフェの方へと引き返していく。


 純礼さま単独なら、女性たちに狙われることなく、じっくり落とし物を探すことができる。

 だから、このまま任せるのがベストのはずなんだけど。


「いや、今のメンタルの純礼さまを一人にしたらダメだ!」


 落ち込んでいる様子だった純礼さまに任せるのは心配だ。

 途中、何もないところで転びそうになっちゃってたし。


 こっそり純礼さまの後を追い、物陰に隠れながらガラス張りのカフェの様子を見る。


 お嬢様たちの中で一番優雅な雰囲気を持つ純礼さまが、店員さんに頭を下げ、床を這うようにして必死に探す姿を目にすると、ただ見ているだけの自分に罪悪感が増してしまう。


 僕が手伝いに行ったところで、店内の女性たちが殺到して純礼さまの邪魔をするだけだ。


 もどかしい思いをしながら、僕は純礼さまがお母様のリングを見つけてくれることを祈っていた。


「――ダメ、見つからなかったわ……」


 肩を落とした純礼さまが戻ってきたのは、それから30分以上経った頃だろうか。


 純礼さまは、どんなときでも優雅で妖しい魅力を持ちながらも、優しく微笑んでいる人だ。

 だからこそ、落ち込んで憔悴しきった姿を目にするのは辛かった。


「本当にダメね。私は風祭の長女で、お母様の代わりにならないといけないのに。失敗してばかりだわ」

「純礼さま……」


 今にも泣いてしまいそうな純礼さまに、僕が掛けられる言葉なんてあるんだろうか?


「律くんが見ていないところでも、私はたくさん失敗しているの。自分でも嫌になるくらいね。昔からそうよ。ずーっと、周りの人に迷惑を掛け続けていたの。律くんだって、何度もフォローに追われることになって嫌だったでしょう?」


 俯いて顔を覆ってしまう姿を、周りにいる人たちが怪訝そうに視線を向けるのだけど、立ち止まるような人はいなかった。


「その上、お母様が遺してくれた大事な指輪まで失くしてしまうなんて、もう自分が嫌になるわ――」

「純礼さま!」


 これ以上、純礼さまに悲観的になってほしくなかった。

 純礼さまは、行き場のない僕を拾ってくれた大恩人。

 悲しそうに落ち込む姿なんて見たくなかったんだ。


「確かに、純礼さまはおっちょこちょいなところがあるかもしれません。でも」


 僕は熱が入るあまり純礼さまの両肩に手を置いてしまっていた。


「僕は使用人です。純礼さまのもので、純礼さまの一部ですから」

「律くん……」

「純礼さまが何度ミスをしたって、何度だって僕がフォローしますよ。だから純礼さまだけで全部抱え込まないでくださいね」


 少しでも純礼さまが元気を取り戻してくれるように願ってのこと。

 熱が入りすぎたのか、いつの間にか周囲に人だかりができていたことにも気づかなかった。


「ちっ、プロポーズかよ」

「ちっ、見せつけてくれちゃって」

「ちっ、あいつらこれから交尾するんだ」

「ちっ、やってらんねーな、帰ってシコって寝るわ」


 女性たちによる、舌打ちの嵐。

 この世界の女性は、ちょっとやさぐれすぎじゃないかなぁ。


「ふふっ」

「純礼さま?」

「ありがとう、律くん。あなたのおかげで元気が出てきたわ」


 純礼さまの目の端にはまだ涙のあとがあったけれど、これまでと変わりのない微笑みを見せてくれた。


「そうよね。このまま落ち込み続けたら、風祭家の長女にふさわしい人間から遠ざかってしまうわ。確かに今回は、私のせいでとても大事なものを失くしてしまったけれど……」


 純礼さまの綺麗な顔が急に近づいたなって思ったら、唇から柔らかい感触が伝わってきた。


「す、純礼さま!?」


 実紅さまに続いて、二度目の不意打ちキスだ。

 でも何度だって僕はびっくりしちゃうだろうな。


「慰めてくれたお礼よ」

「お礼なんて! 僕にはもったいなさすぎますよ!」

「お母様の指輪を失くしたのは悲しいけれど、律くんとの出会いを導いてくれたことで、役目を果たしてくれたと思うことにするわね」


 さあ、帰りましょう、と言って、純礼さまが歩を進める。


「これ以上あなたを独占したら、妹たちが嫉妬してしまうわ」


 先を行く純礼さまの背中を追いかけようとすると。


 僕の目の前に、一匹の黒猫が現れた。

 じっと僕を見つめてくるその猫の両耳にはネックレスチェーンが絡まっていて、その先には。


「純礼さま、あれ!」

「お母様の指輪だわ!」

「任せてください!」


 あのリングを取り戻せば、純礼さまをもっともっと笑顔にできる。


「逃がしませんよ!」


 人間と猫とでは、敏捷性では圧倒的に猫の方が有利。

 でも、例えどれだけ不利であろうとも、絶対に取り戻さないといけない。


 純礼さまのために、僕は限界突破して黒猫ちゃんと追いかけっこをするのだった。


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