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第22話 優雅なティータイムのはずが……

 アクシデント込み込みで、高級デパートにて純礼さまの買い物を済ませたあと。


「律くん、今日はありがとうね。お礼におごるわ」


 純礼さまの善意で、僕は一人では決して立ち寄らないであろうオシャレなカフェにいた。


 言うまでもなく周囲は女性客だらけで緊張してしまうのだけれど、僕の緊張はそれだけが理由じゃなかった。


「純礼さま。失礼ですけど、座る場所おかしくないですかね……?」


 二人がけの席で、純礼さまは僕の目の前じゃなくてすぐ隣に座っていた。

 密着するほどすぐ隣にだ。


「あらあら、忘れてしまったのかしら? こうでもしていないと、律くんはまた女性たちに狙われることになってしまうのよ?」

「それはそうなんですけど……」

「それより律くん。今日は私とお出かけしているのだから、周りの子を気にするよりも、私のことだけを見ていてほしいわ。今だけは、あなたは私の恋人なのだもの」


 思わずドキッとしてしまう言葉だ。

 当の本人は、そこまで深い意味を持って口にしたわけではないようで、興味はすっかり注文用のタブレットに移ってしまっている。


 今日はひたすら純礼さまに翻弄される日だなぁ。


「ここはパンケーキがおいしいのよ。それとアイスティーね。うちで茜が淹れてくれるアイスティーも美味しけれど、ここのも負けていないわ」

「そうですか。それなら僕もそれにします」


 やがて、注文したパンケーキとティーポット、そして二個のグラスを乗せたトレイを手に店員さんがやってくる。


 笑顔が印象的な美人の店員さんは、僕のそばにパンケーキが乗ったお皿を置いてくれたのだが、数字の羅列が載った紙片がお皿に挟み込まれていた。


「えっと、これ……電話番号ですよね?」

「あらあらダメよ、反応したら。オーケーのサインだと思われて即座にお持ち帰りされてしまうわ」

「えっ、怖っ!」

「私だって恐ろしいわ。こうして恋人同士に見えるように振る舞っているのに、ナンパなんかするんですもの。最近はますます男の子の出生率が減っていると聞くし、20代も半ばを迎えた女性は余裕がないのかもしれないわね」

「こっちはこっちで、深刻な問題があるんですね」


 風祭家に拾われていなかったときのことを想像すると恐ろしい。

 これまでの人生でモテてみたいと思ったことは何度もあったけど、流石にこんなかたちで女性から迫られるのは僕の想像を超えちゃってるものな。


 とはいえ、ようやくモテたと思ったら、愛李あいりちゃんは僕を見放してしまったわけで、僕の人生ってなんだったんだろうって思うよ。


 本当に、父さんと母さんを失ってからというもの、大変な目に遭ってばかりだ。


「そういえば、純礼さまたちのお父様やお母様はどうしていらっしゃるんですか?」

「お母様とお父様?」

「えっ? ああ、はい、そうなんですけど。お屋敷では見かけなかったので――」


 そう言いかけて、僕の視線は純礼さまの胸元で光るリングへと向かってしまう。


 純礼さまは、お母様から大事な指輪を譲り受けたと言っていた。

 それって、純礼さまのお母様が、もうこの世にいないからなんじゃ……?


「そうね。お母様は、私が高校生のときに亡くなってしまったわ。病気でね」

「……すみません」

「いいのよ。律くんにはもっと早くに話しておくべきだったわね」

「純礼さまたちが生活に困っている様子はなかったので、てっきり海外でお仕事をされているものかと」

「確かにお金には困っていないわね。後見人がいるの。お母様の親友でね、お母様の死後、私たちによくしてくれたから姉妹はみんな信用しているわ」

「なるほど……」


 少し安心してしまう。

 両親はいなくても、信用を置ける大人が近くにいるのなら、風祭のお嬢様たちが僕みたいな目に遭うことはないだろうから。


「お母様は資産家の生まれでね。お母様自身も優秀な人だったから、若くしてビジネスで成功していて、資産運用さえ上手くやれば十分すぎる暮らしができるくらいのお金を遺してくれたの。その資産運用は、後見人のお母様の親友に任せているわ。私たちがこうして優雅に暮らせているのも、その人のおかげね」

「そうなんですね」

「でも、いつまでも彼女に甘えていられないわ」


 思い詰めたような表情の純礼さまは、胸元のリングに指先を触れる。


「私は、風祭の長女だもの。一刻も早く独り立ちをしないとね」

「純礼さま……」


 なんて立派な人なのだろう。

 親がいないという意味では、僕も同じ。


 でも僕は、親戚を頼れないからという理由で、一人で何でもできるようになろうとした。


 僕に頼れる後見人や、きちんと面倒を見てくれる人がいたら、きっとその人に甘えてしまっていたはずだ。


 純礼さまのように考えることなんて、できなかっただろう。


「だから、律くんも風祭家に関わる一人として、私を支えてね?」

「はい! もちろんです!」


 飛び上がるほど嬉しかった。

 少なくとも純礼さまはすでに、僕を使用人として長く置いておきたいと考えてくれているみたいだから。


「僕にできることがあれば何でも言ってくださいね!」

「あらあら、そう子どもみたいに喜ばれてしまうと、私も照れくさくなってしまうわ」


 妙に顔が赤い様子の純礼さまは、優雅にグラスを手に取り、そのまま口元へと運ぼうとして。


「あっ」


 指先が取っ手をつるりと滑り、グラスはちょうど僕の脚の間のところでひっくり返った。


「ご、ごめんなさい。私ったら、ついうっかり!」


 純礼さまのうっかりは今に始まったことじゃないから、別に気にならない。


「いえ、アイスティーですから平気ですよ」


 でも、このままびしょびしょにしておくのもみっともない。

 ええと、おしぼりは……あった。


「今すぐ拭くわね!」


 ミスを取り返そうというつもりなのか、勢い込んでおしぼりを僕の股へと向けてくる純礼さま。


「い、いいですから! お気になさらず! す、純礼さま!?」

「びしょ濡れのままにしていたら、あなたが風邪を引いてしまうかもしれないでしょう?」


 おしぼり片手の純礼さまは、僕の股の間に屈むと、おしぼりを当ててきた。

 僕のちょうど股間のあたりに。


「んぅ、ふっ……」


 慌ててしまっているのか、上気している純礼さまの息遣いは荒く、それでいて、おしぼりを上下にこするたびに大きな胸元が揺れてしまっているから、うっかりしていたら余計汚すという恥ずかしい事態になりかねない状況だった。


「待っててね、もうすぐ、もうすぐだから」


 乾くのがもうすぐだと言いたいのだけれど、下手をすればもうすぐ誤発射して恥ずかしい湿り気をつくってしまいかねない。


 カフェ内でこんなやりとりをしていれば、周囲の注目を集めてしまうのも当然で、気付いたときには店内の全女性がこちらを見ていた。


 ギラつく瞳をして、口々にこんなことを言い始める。


「待って……あんな反応をするってことは、あの子、男じゃない!?」

「困っている男が……いえ、人がいたら見過ごしておけません! 私も拭き拭きさせていただきます!」

「これは店員である私の仕事ですから! 他の人は手を出さないで! お客様はすっ込んでいなさい!」


 とうとう女性客どころか店員さんまで、おしぼりを片手に僕に殺到する始末。


 ついさっきまで澄ました顔でカフェタイムを楽しんでいた女の人たちが性欲に支配された余裕のない表情で突貫してくる姿はもはやホラームービーだよ……。


「す、純礼さま! これ以上ここにいちゃマズいです! 逃げましょう!」


 僕は、テーブルにお代を置くと、純礼さまと一緒にカフェの出入り口を目指す。


「待て! 私にも男の股間を拭わせろ!」

「逃がすな! 貴重な子種製造機だ!」

「私たちにも分け前くれたっていいでしょぉ!? 男に触れてオス成分補充させなさいよ!」


 フレッシュな肉を貪ろうとするゾンビのごとく殺到してきた女性客たちに揉みくちゃになりながらも、どうにかかき分けて、カフェから脱出するのだった。


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