第20話 純礼さまのお着替えショー その1
「――いえ、ここで付けて帰りますわ。あまりに素晴らしいデザインと着け心地なので、気に入ってしまいまして。ほほほ」
僕一人ではまず入店できないランジェリーショップで純礼さまの喫緊の用事を済ませると、本来の目的である純礼さまの服探しの用事に付き合うことになる。
「ねえ、律くん。せっかくだから、あなたにも選んでほしいのだけれど」
「えっ、僕がですか? 困ったなぁ、ファッションセンスなんて皆無なんですけど」
「あら? あなたの意見はとても参考になるのよ? なにせ男性なのだもの」
純礼さまの言う通り、そういう意味では僕じゃないといけない理由はあるのかも。
少しでも純礼さまのお役に立てるならそれでいいか、という気持ちでやってきたのは、僕にはよくわからないブランドでいっぱいのオシャレな服屋じゃなくて、やたら際どいデザインでいっぱいの水着売り場だった。
「えっと、純礼さまのお買い物ってもしかして?」
「そうよ。新しい水着がほしかったのよね」
「そうですか。それなら、僕は店の外でお待ちしていますね」
「困るわ。さっき協力するって言ってくれたじゃない」
「確かに言いましたけど、水着は無理ですよ!」
「律くん、男性目線で意見をくれる人がどれだけ貴重か、まだわからないのかしら?」
「……で、でも」
「早く行きましょう。大丈夫、ここの試着室はちゃんと二人入れるから」
「全然大丈夫じゃないですよ! 二人で入れるなんて、どうしてそんないかがわしいことになってるんですか」
いや、この世界は、その男女比から女性同士でかたまって過ごすことを前提にして色々な設計がなされているのだ。
それなら、友達同士で来たときに一緒に試着ができるようになっていて当然……なのかな?
でも、いくら男性が希少種だからって、男女が二人で入って利用するものとはお店側だって想定していないんじゃないのかなぁ。
「もう。律くんは私の使用人でしょう? 嫌だ嫌だと言ってばかりじゃなくて、ちゃんと付き添ってくれないと困るわ」
純礼さまは、僕を拾ってくれた恩人だ。
純礼さまの一言がなければ、僕は風祭のお館にいられなかった。
「……わかりました。でも、僕は純礼さまがどんなことを言っても、着替え中の純礼さまを覗くようなことはしませんからね?」
「ふふふ、律くんったら」
くすくす笑う純礼さん。
いつでも優しい純礼さまだけど、こういうときの妖しさは、思わずぞくっとさせられてしまう。
「お着替え中の私を見るつもりだったのかしら? 顔に似合わずいやらしい子なのね」
「そ、それは言葉の綾で……」
「でもよかったわ。律くんもちゃんと男の子で」
「えっ?」
「ふふふ、こっちのことよ。それじゃあ、他の人が使ってしまう前に試着室へ行きましょう」
なんかすっかり純礼さんのペース。
まあ僕はあくまで使用人だし、元から強くは言えないんだけどさ。
僕にとっては、下着だろうが水着だろうが、露出が高いという意味ではほぼ同じジャンル。
できるだけ店内の水着を見ないように足元に視線を落として、純礼さまにくっついて試着室までやってきた。
室内はちょっとした休憩ができそうなくらい広く、試着だけにとどまらないくつろぎ空間になっていた。
「いくつか気になったのを選んで持ってくるから、ここで待っていてちょうだい」
「はい」
そして、どれくらい時間が経っただろう?
「おまたせ。すぐ着替えてしまうわね」
純礼さまがカゴいっぱいの水着を手に戻ってきたとき、呑気な気持ちではいられなくなっていた。
今まさに、僕のすぐ後ろで純礼さまが衣擦れの音を立てて着替えているのだから。
僕の脳みそが勝手に脳内で3Dな純礼さまを描写し、挑発的な真っ黒いビキニ姿でセクシーなポーズをする姿が浮かんでしまっていた。
お嬢様たちの体はみんな美しいけれど、男性ウケという意味では純礼さまの体型は別格。
この先、僕は正気でいられるかどうか……。
「律くん、いいわよ。どうかしら?」
「は、はい! ――えっ!?」
振り返ったとき、僕は目を疑ったよ。
裸にしか見えなかったから。
「あらあら、律くん。ちゃんとこっちを見てくれないと判断できないでしょう?」
「あの、どうして純礼さまは海外セレブの前衛的すぎる私服みたいな格好をしているのでしょうか?」
「あら? 私としては、守りに入ったデザインだと思ったのだけれど……」
「それで守りに入ってるなんておかしいにもほどがありますよ! そんなの、もう裸も同然じゃないですか!」
純礼さまが選んだ水着は、黒いカラーリングのテープで乳首と股を隠しているだけ亀甲縛り風というか、露出過多なホットリミットって感じのヤベーデザインだった。生足やヘソどころか別のなにかもボロンしちゃいそうだよ。
「そんなはずないわ。よく見て。ちゃんと水着よ? お外で着ることを想定してつくられているのだから、そんな変な格好のはずないでしょう?」
「へ、変ですよ~!」
僕は、見ることすら恥ずかしくなって顔を覆ってしまうのだけれど、純礼さまはクスクス笑いながら僕の肩に手を添えた。
「ちゃんと見て? ふふ、ねえ、ねえ、見てくれないと意見をもらえないじゃない」
純礼さまも楽しくなってきてしまったのか、とうとう僕に盛んなボディタッチをしてまで水着(のような何か)を見せて来ようとする。
いや、ボディタッチどころか、ふっくらした感触が体中に当たってしまっている。
部分的にしか当たっていないというのに、純礼さまがいつもしてくるハグよりずっと刺激的だ。
純礼さまは妖しい魅力がありながらも穏やかな人だと思っていたのに、こういうときはSっ気が出てきてしまう人みたい。
その辺、ちゃんとお金持ちのお嬢様だ(偏見)……。
「わ、わかりました、見ます、見ますから、これ以上くっついて来ないでください! 僕も限界なので!」
きっと僕の顔は真っ赤だろうし、背中は汗だくだ。
「ふふふ、困らせてごめんなさいね。こうやって男の子をからかう機会なんて滅多にないから、調子に乗ってしまったわ」
男性の少ないこの世界では、純礼さまみたいな美女でもそういう感じらしい。
「でもおかしいわね。これ、ちゃんとトレンドの水着なのよ? 今年の夏はこれが来るってインフルエンサーの人が言っていたもの。そんなに変かしら……」
寂しそうな純礼さまを前にすると、自分がすごく悪いことをしたような気分になってしまう。
いや、待て。
これ、本当に僕の方が悪いのかもしれない。
この世界では、とにかく男性が枯渇しているのだ。
男性のパートナーをつくる目的で水着姿になることを想定すると、自らの性的アピールを最大限にして、男性の視線を惹き付けるために際どいデザインが主流になるのも必然。
なんてことだ。
僕の方が非常識じゃないか。
「すみません、純礼さま。僕は完全に自分の基準で考えてしまっていました」
「あらあら、そこまで謝らなくてもいいのに」
「でも僕は、何も悪くない純礼さまを痴女扱いしてしまったわけですし……どんな罰でも受けます!」
「そう? ふふふ、それなら……ここで私と」
「純礼さま?」
「……いいえ、なんでもないわ」
一瞬純礼さまが、瞳にハートが浮かびそうなくらいとんでもなく蕩けた顔をしたように見えたけど、気のせいだよね。純礼さまは風祭家の、いや、この不思議な世界の良心だから。いやらしいことなんて考えもしないはずだよ。




