第2話 お嬢様たちとのラッキースケベラッシュ
「すみませーん、誰かいませんかー?」
広いエントランスホールへ出た僕は、館に向かって大声を出す。
静かな上に広いから声がとても響く。
「こんな時間にすみません。助けてほしくて……少しの間でいいんで、匿ってくれるとありがたいんですけど……」
住んでる人には迷惑かもしれないけど、インターホンの類がなかったから、こうして知らせるしかない。まさか無言で居座るわけにもいかないし。
「でも、本当に広い屋敷だなぁ」
エントランスホールの床は大理石になっていて、その上には赤い絨毯が敷かれていて、目の前には階段があり、踊り場の左右には二階へと繋がる階段がある。
踊り場に掛かっている油絵には、金色の長い髪をした若く綺麗な女性が描かれていた。もしかしたら、何億もするような高価な美術品なのかもしれない。
「……返事がない。探しに行くしかないか」
返事はないけど、鍵が開いているのなら、住人はどこかにいるということ。
招待されたわけでもない他人の家で突っ立って待っているのも居心地が悪いから、洋館の住人を探しに行くことにした。
そして、廊下を抜けて適当な扉を開ける。
扉の外とは違う湿気を感じた。
まるで温泉旅館にありそうな脱衣所に出て、真っ先に目に飛び込んできたのは、新雪のような綺麗な色合いをした人影。
栗色の長い髪をハーフツインにしていて、猫みたいにつり上がった眼尻から気の強さを感じさせる女の人がいた。
「……」
「……あ、どうも、えっと」
僕はしどろもどろになり、目の前にいる女の人は時間が停止したみたいにじっとして絶句している。
お風呂に入ろうとしていたのか、今にもパンツを下ろそうという姿勢になっていて、上半身はすでに裸だったから、豊かで柔らかそうな胸が重力に吸い寄せられている姿がガッツリ見えていた。
もちろん目をそらすべきだし、さっさとこの場から立ち去るべきだ。それと、謝った方がいいかもしれない。
それでも目を離せなかったのは、僕とそう変わらない年齢に見えるその女の人がとても綺麗だったから。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
とうとう悲鳴を上げられてしまう。
でも、女の人が怯んだのは一瞬だった。
「ボコボコにしてやる、変質者!」
突然の変質者(僕のことだ)登場に恐怖することなく、戦闘的な意欲を見せてきたものだから、僕としては逃げるしかない。
もちろん僕が全面的に悪いんだけど、殴られたら痛いから嫌だ、という生存本能が上回ってしまった。
「ひっ……!」
広大な洋館内での鬼ごっこが始まった。
女の人たちから逃げてきたのに、また追い回されるのか……。
どこかに逃げ道があることを期待して、扉を見つければ手当たり次第に開けた。
「あら?」
誰かの私室らしいその一室に、また別の女の人がいた。
大人っぽく妖艶な魅力があって、金色のふわふわとした長い髪をしたお姉さんだった。
「どなた? こんな時間にどうしたのかしら?」
余裕たっぷりに微笑んでくれるんだけど、またまた着替えの途中だったのか、真っ黒なベビードールを被ろうとしているのに胸が大きすぎてそこでつっかえてしまい、胸の下部分とお腹を盛大に丸出しにした状態になっていた。
凄い。お風呂場の子よりもおっぱいが大きいのに、それでいて腰が細いんだ。
「す、すみません!」
これ以上変質者扱いされてはたまらない。
欲に抗い、慌てて踵を返して部屋を出た直後のことだ。
「あの変態! どこ行ったのかしら!?」
廊下の向こう側から、お風呂場で遭遇してしまった子の声が聞こえた。
さっきまでは素手だったのに、今はその手には木刀がある。
うわぁ、殺意高くなっちゃった……。
僕は、お風呂場の子に見つからないように足音を殺して逃げようとするんだけど。
「ねえ、あなた。もしかして妹たちのお客様かしら?」
「そこね!」
着替え中お姉さんが声を掛けてきたものだから、お風呂場の子に所在がバレてしまった。
「純礼姉さん! そいつはお客じゃないわ! 変質者よ!」
「あらあら、まあまあ」
「とりあえず捕まえてフルボッコにしてから警察に突き出すの! 姉さんも手伝って!」
「こんな可愛い不審者さんなら大歓迎なのだけど、それならしょうがないわね。あとのことは捕まえてから考えましょう」
困ったような顔の着替え中お姉さんだけど、お風呂場の子と一緒に僕を追いかけてきた。
「と、とにかく逃げなきゃ……」
捕まったらどんなことになるのか、想像すると恐ろしくて、もはや僕には逃げる以外に選択肢がなくなっていた。
けれど、追手の増加はこれだけじゃ終わらなかった。
「ん? なんだ? 今日はやけに騒がしいじゃねーか」
目の前に現れたのは、黒髪ポニーテールの女の人だった。
どういうわけか道着姿で、すらっとした長身の綺麗な人に見えるんだけど、無遠慮に頭をガシガシ掻いていて歩く姿に遠慮がないからか、お風呂場の子や着替え中お姉さんのような色香はなかった。
「久華! そいつ変質者だから! さっさと捕まえて!」
「えー、あたし、瑠海奈姉に言われてやるの嫌なんだけどー」
「ごちゃごちゃ喋ってないで、ぶん投げちゃいなさいよ! 空手も柔道も剣道も極めた武闘派メスゴリラでしょ、こういうときのその力使わないでどうするの!」
「んもー、瑠海奈姉は一言多いんだよなぁー」
道着姿の子は、両手を突き出すようにして身構えた。
「なんだ、お前、男かよ? このままぶっ飛ばすのも勿体ねぇが、泥棒とあっちゃしょうがねぇ」
泥棒じゃないんですけど、と言っても聞く耳を持ってくれなそうだ。
でも、僕だってこのまま黙ってボコボコにされたくはない。
道着姿の子が腕を伸ばしてくる。
きっと、僕の腕を掴んで投げ飛ばそうというのだろう。
全力疾走の僕は、勢いそのままに回避しようとするんだけど、あいにく、僕が今踏んでいるカーペットは、これまで触れたことのないくらいの高級品だったんだ。
ふかふかしすぎのカーペットにつま先を絡め取られた僕は、飛び込むようにしてコケてしまう。
道着姿の子からすれば、完全に想定外の動きだったのだろう。
「なっ!?」
おかげで、道着姿の子が伸ばしてきた腕をすんでのところで回避することができた。
でもこのままじゃ転んじゃう。何かに掴まらなきゃ。
そう思って手を伸ばすと、僕の指先が何かに引っかかった。
「ちょっ!? そうはならないでしょ!?」
「あらあら、とんでもないことになってしまったわねぇ」
道着姿の子は、転んだ僕に巻き込まれてしまった。
僕の目の前で、道着姿の子はM字開脚をしながら尻もちを着いていて、僕の指先が引っかかったせいで道着の胸元がガッツリ開けていて、中に巻いているサラシが見えていた。
それだけならまだよかったんだよ。ちょっとしたトラブルってヤツでさ。
でも、サラシまでほどけちゃったみたいで、白い胸が片方、ふんにゃりぼろんと零れていたんだ。
サラシで抑えていたから気づかなかったけど、この子もこの子でおっぱいが大きかった。
「お前、死ぬために来たのか? 望み通りにしてやるよ」
「あわわ……」
真っ赤で鬼の形相なんだけど、涙目なあたり、相当嫌だったんだろうな……。
「久華! 仕留め損なったのはマイナスだけど、よくやったわ!」
前門の虎、後門の狼。
このままじゃ、死に至ることは目に見えている。
愛李ちゃんから酷い目に遭った上に、男性が希少種だという意味不明の状況に巻き込まれたまま死ぬなんてごめんだ。
ついさっきまでは不幸のどん底にいたっていうのに、これほどまで生き延びたい気持ちが湧いてきてしまうのは不思議だけど。
「このまま……死ねないよ!」
僕は、立ち上がって逃走を再開した。
後ろに迫る、美女三人。
彼女たちを振り切るには、もう洋館の外に出るしかない。
僕を追いかけてきた人たちが、洋館を取り囲んでいないといいんだけど……。
そんなことを期待して玄関を目指すんだけど、L字の曲がり角で誰かと衝突してしまった。
僕はその人を押し倒すようなかたちで転んでしまう。
床に着いたはずの手のひらからは、これまで触れたことのない柔らかい感触。
これ、床じゃないぞ。どれだけ高級なカーペットが敷かれていようとも、こんな感触にはならないはずだから……。
「あっ……」
「……いきなり押し倒されるのは風情がないと思っていたのだが、実際されてみると悪くはないな」
僕の腕の下には、丸っこくて可愛らしい顔があって、銀色の長い髪が赤いカーペットの上で扇状に広がっていた。
その子は、小柄に不釣り合いなくらい大きなTシャツを着ていたんだけど、その下は360度のどの角度から見ようともいわゆる真っ白なパンツ姿で、スカートもズボンも履いていない。
おまけにこの子、小柄で子供っぽいのにすごくおっぱいが大きいんだ。
道着姿の子より、ずっとだよ!
僕の肩に、硬い感触のするものがコツンと乗った。
「実紅、よく足止めしてくれたわね。……やっと捕まえたわよ変質者。神妙にお縄に着きなさい」
お風呂場の子が手にしていた木刀は、これから掻っ切るぞとばかりに僕の首筋に当てられる。
「警察に突き出す前に、あんたには私的な制裁を加えるから、覚悟することね」
「あの、僕は……」
「誰が喋ることを許可したのかしら?」
「はい、すみません……」
どうやら僕に発言権はないみたい。
まあ、それも当然だよね……。
突然他人の家に押しかけて、ダイナミックな変態行為をしちゃったんだから。
何かしらの制裁はあって当然だよ。
これから僕、どーなっちゃうの?