第19話 純礼さまとお出かけ。しかし純礼さまの様子が……
休日。
僕は純礼さまのお供として、賑やかな街中を歩いていた。
『今日は律くんとのプライベートなお出かけだから』
そう純礼さまが言ったので、今の僕はいつものメイド服じゃなくて唯一持ってる私服姿。
なんだか久々に、自分が男だって実感できた気がするよ。
男性が希少種なこの世界では、力仕事ができる人が不足するだろうし、街並みも僕が知るものと違うのかなと思っていた。
けれど、実際に目にする光景は、僕が知っているものと同じ。
「足りないからこそ、新しい発想が生まれるものよ」
気になって訊ねると、純礼さまが教えてくれた。
こちらの世界では、僕が元いた世界より科学技術が発達しているようだ。
腕や脚に装着して力仕事をサポートしてくれる装置が広く使われているから、女性でも腕力が必要な仕事で不自由を感じることはないらしい。
それはいいとして。
さっきから、やたらと強い視線を感じて仕方がない。
「子種のにおいがする……!」
「男だ……」
「カモが男性器ぶら下げて呑気に歩いてるわ!」
過剰な性欲に突き動かされた女性たちの視線だ。
これまでお館の仕事で外出することはあっても、メイド服が僕の男性性を隠してくれていたから、無事に外を出歩けているところがあった。
今日はいかにも女の子ですって格好じゃないからなぁ……。
「律くん、大丈夫よ」
「純礼さま?」
「こうなることは想定済みだから。対策だって考えてあるわ」
「え?」
「こうするのよ」
なんと純礼さまは僕にその豊かなお胸を押し付け……いや、腕に抱きついてきた。
すると不思議なことに、獲物を狙うような視線が緩和された。
「男性は貴重だから。そんな貴重な男性とお付き合いしている女性は強者女性として一目置かれるの。そうでない女性たちは、敗北を感じて遠慮がちになってしまうものなのよ」
「そ、そういうものなんですか……」
こっちの世界ではそういうものなのだろう。
目をギラギラ輝かせたバーサクモードに入っていた女性たちは、ドラキュラにおける十字架でも目にしたみたいに腕で目を覆って後退りを始めたから。
でも、僕にはそれ以上に気になることがあって。
「あの、純礼さま」
「遠慮しなくていいのよ? 今は、律くんを守るために恋人のフリをしているのだから」
「いえ、そうではなく。これはとても失礼な質問になってしまうのですが」
「何かしら?」
「す、純礼さま、またブラをお忘れなのではないですか!?」
「あらあら、何を言ってるのかしら。往来で口にしていい冗談じゃないわよ?」
「でも……感触があまりに柔らかすぎるといいますか。その、以前のハグで感じたときと同じく」
「ふふふ、変なからかい方をするのね。あのときのはテストよ。わざとだったの」
嘘だ。
純礼さまは、初めて起こしに行った日以降も、たびたびノーブラで僕をハグし続けていた。
ノーブラですよ、なんて何度も指摘したら、純礼さまが落ち込んじゃいそうだったから、最初の日以外はスルーし続けているけど……流石に外出時となれば話は別だ。
「律くんの前ではうっかりしたところを見せてしまうことが多いけれど、私、本当はしっかりしているのよ? お出かけをするのにブラを忘れるだなんて、そんな……」
純礼さまは、余裕の表情、なんなら何故かドヤ顔で自らの胸に手を添えたものの、急に顔を赤くし始めた。
「……どうしてかしら? ブラが消失してしまったわ。律くん、どこへ行ったか知ってる?」
詰め寄る純礼さまは、ほんのり涙目になってしまっていた。
「ぼ、僕は知りませんよ! やっぱり純礼さま、着け忘れてるじゃないですか!」
「は、早く行きましょう! そしてブラを買うの!」
「はいっ!」
「あっ、待って!」
「ど、どうしました!? もしかして他に忘れ物でも!?」
「よかった。こっちは失くしていないわ」
純礼さまは喉元のあたりに手を触れていて、そこには細いネックレスチェーンがあった。
「あの、それは?」
「母からの贈り物よ」
純礼さまはチェーンを引っ張ると、胸元に隠れていたのであろうリングが見えた。
シルバーのシンプルな意匠の指輪だ。
どうやら、指輪をペンダント代わりにしているらしい。
「風祭家の女性に代々受け継がれているものでね。私は長女だから、こうして母から受け継いだの。肌身離さず着けていたいけれど、指に着けていると汚れたり落としたりしてしまいそうだから、こうして胸元に下げているのよ」
「なるほど」
いくら純礼さまでも、本当に大事な品となると失くすことはないらしい。
「それじゃあ、早く行きましょう。ないとわかると、胸元がとっても気になってしまうわ……」
「そ、そうですね!」
純礼さまのほぼ生の胸の感触を腕に密着させながら、早足で目的地の高級デパートを目指した。




