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第16話 純礼さまの挑戦

「え? 純礼お嬢様のことですか?」


 純礼さまが送迎用の車で大学へと行くのを見届け、館へ戻ったとき、永森さんに訊かないといけないことがあった。


「はい。聞きそびれていたことがありまして」

「なんでしょう?」

「悪く言うつもりはないんですけど。純礼さんって、その、見た目と中身にギャップがあるといいますか……永森さんはどう思いますか?」

「ええ、おっちょこちょいな方ですね」

「やっぱり……」

「でも、純礼お嬢様は素晴らしい方ですよ。美人でお優しいですし」

「僕もそう思いますよ」


 初対面での印象とは確かに違う。

 でも、親しみやすさを抱くことはできた。


 いつものように館内の雑事を済ませてると、純礼さまをお迎えする時刻になる。


 夕方頃に帰ってきた純礼さまは、一限目から講義があったというのに疲れた顔をしていなくて、いつものようにニッコリとした笑みを浮かべていた。


「おかえりなさいませ、純礼さま」

「ありがとう、律くん」

「わっ」


 純礼さまは僕に駆け寄ると、朝の出来事を彷彿とさせるようなハグをしてくれた。

 朝のノーブラ事件にはびっくりしたけど、やっぱり純礼さまに抱きしめられていると妙に落ち着いてしまう。


 それにしても、純礼さまは本当にハグが好きだなぁ。

 風祭家の長女として、幼い頃の瑠海奈さまや妹たちを抱きしめてあやしていたのかもしれない。


「ふふふ、このままずーっと、ぎゅってしていたいわ」

「そんな、僕なんかに時間を使うのはもったいないですよ」

「そんなことないわ。これ以上ないくらい有意義な時間の使い方よ。こうして抱きしめて、律くんの体のかたちを覚えておけば、あとで……」

「? 僕の体を覚えてどうするんです?」

「えっ? な、なんでもないわ! 気にしないで」

「純礼お嬢様。あまり露崎くんを独占されてしまいますと、お館の仕事が滞ってしまいます」


 それまで見守るだけだった永森さんが頭を下げる。


「そうね。ごめんなさい。律くんがいると、つい抱きしめたくなってしまうのよね」


 使用人になってよかった! と快哉を叫びたくなるくらい嬉しい言葉をもらってしまった。


 純礼さまは名残惜しそうにしながら僕から離れ、部屋へと向かおうとする。


「あっ、か、カバンお持ちします!」

「いいのよ。律くんだって疲れているでしょ? 私は車で座っているだけだったから」


 使用人相手でも配慮してくれるなんて、なんてお優しい人なのだろう。

 純礼さんは、長く豊かな金髪をなびかせながら通り過ぎていくのだけれど。


「す、純礼さま!?」

「ふふ、どうしたの? カバンを持つ必要はないと言ってるでしょう?」

「違いますよ、す、スカートが!」


 純礼さまは、純白のロングスカートを穿いていたんだけど、お尻のところが盛大に捲れていて、黒いパンツと、それだけじゃ覆いきれない真っ白なお尻のほっぺが露わになっていた。


「……あらあら」


 僕に言われて、スカートに手をやった純礼さまは赤い顔をしていた。


「律くんには、ちょっと誤解を与えてしまったわね」

「えっ?」

「お車の中が少し暑かったから、あえて捲っていたのよね……」


 絶対ウソですよね!?

 やっちまった!? なんて顔して言ったって説得力ないですよ!


「さあ、お部屋へ戻りましょう。あらあら、今日はお家の中まで暑いのね」


 意地になっているのかなんなのか、純礼さまはスカートを直すことなく部屋まで歩いていった。


 他のお嬢様たちがいないタイミングで良かったよ……。


 ★


「実はね」


 部屋着に着替えた純礼さまと、一緒に部屋にいたときだ。


「アルバイトを始めようかと思ってるの。……あら? どうしたの? そんなに変なこと言ったかしら?」

「いえ、なんでもありませんよ!」


 僕は慌てて表情を取り繕う。

 アルバイトなんておっちょこポンコツの純礼さまに務まるのだろうか? なんて失礼なことを考えてしまったから。


「純礼さまはこれまでアルバイトのご経験は?」

「ないわよ?」

「それではどうして始めようと思い立ったんです?」

「学校の友達に、素敵なカフェで働いている子がいて。千晶ちあきちゃんって子なんだけどね。純礼ちゃんも働いてみない? って誘ってくれたの」


 なんて無茶な誘いをする御学友なのだろう。


「せっかく誘ってくれたのだし、これも経験だと思って、始めてみようかと思ったの」


 風祭家の館を見る限り、金銭的に不自由している感じは一切ない。

 だから、これまでバイトする必要もなかったんだろうけど……。


「ご意思は固いわけですね?」

「あら? どうしてそんな深刻な顔をするのかしら? まるで私が命の危機に瀕する場所に一人で向かわないといけないような顔するわね」

「わかりました。純礼さまが働くというのなら……僕も付き添っていいですか?」

「律くんも?」

「ええ。もしかしたら、純礼さまを困らせるマナーの悪いお客が現れるかもしれませんから。そういうとき、すぐに守れるように。もちろん、使用人としての仕事もきちんとやりますので」

「そうね……」


 小首を傾げる純礼さん。

 姿勢が良いから立ち姿は美しく、そうしていると完全無欠のお嬢様にしか見えない。


「わかったわ。律くんも一緒に働けるように頼んでみましょう。律くんは使用人としてよくやってくれているから、きっと採用されるわ」

「ありがとうございます」


 それより、純礼さまは無事に採用されるのかな?

 動かなければ一切隙のないお嬢様だから、まあ平気か……。


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