第14話 実紅さまと特訓
その後。
僕と実紅さまの特訓が始まった。
けれど、真っ先に始めたのは、コントローラーを握ることじゃない。
まずは、実紅さまの練習に取り組むマインドから変えないといけなかった。
毎朝起こしに行っていたときから気になっていたんだけど、実紅さまの寝起きの悪さは夜ふかしのせいだった。
「明け方まで練習をすることもあったな」
それなら起きれなくて当然だよね。
「しかしだな、睡眠を優先させると練習時間の確保が難しくなる。だから睡眠時間を削ることにしたのだが」
話を聞いていると、夜に睡眠時間を削った分は授業中の睡眠で取り返していたらしいから、このままだと学校の成績にも影響が出てしまいかねない。
「実紅さま。近頃はスポーツの強豪校と呼ばれるところでも、長時間ひたすら猛練習する方針から変わってきているみたいですよ。短時間で質の高い練習を心がけているそうです」
「ほう」
「体も消耗品ですからね。長時間の練習は、長い時間自分の体を痛めつけているのと同じ。そんな練習を毎日のように続けたら疲労も回復せず、ボロボロの体で練習することになるわけで、練習の質だって下がってしまいます」
「なるほどな……わたしも猛練習といいながら、どこかでダレていた時間があった気がする」
「そこで、僕特製のこの練習メニューです」
「きみがつくったのか? うーむ、わたしに格ゲーでまぐれ勝ちする程度のきみがつくるメニューか……」
「違いますよ。ちゃんとプロの方に意見をもらったんです。えっと、この方ですね」
僕は、風祭家から支給されているスマホを実紅さまに見せる。
「幻夢拓美!? こんな有名女流プロゲーマーから、どうやって意見なんてもらえたんだ? とにかく多忙で、つい最近も世界大会に出場していたはずだが……」
「いえ、普通にSNSのDMを通して依頼をしたら、教えてくれましたよ。まあ、アドバイスの依頼をする前に、『僕男ですけど』って枕詞をつけて、ついでに顔写真も一緒に送りましたけど」
「そんな、体を売ってまで」
「売ってないですよ! ギャラ代わりにちょっと露出高めのプライベート写真を求められたので、それに応じたくらいです」
「体を売る入口に足を踏み入れている気がしないでもないが、まあ、感謝はするよ。きみの写真なら満足度は高いだろうしな。先方もいいおかずが手に入ってWIN-WINだろう」
「そうだ。ついでに、部屋の掃除も心がけましょう」
「なぜ?」
「整理整頓のくせをつけておくことは、思考を整理する習慣にも結びつくんです。質の高い練習をするには、体だけじゃなくて頭のトレーニングもしないといけません。無目的で機械的に練習をするよりも、しっかり考えながらやった方が、上達は早いと思いませんか?」
「そうだな。では、早速始めるか」
こうして練習を始めるようになってから、実紅さまの生活習慣は本当に改善された。
朝、僕が実紅さまの部屋へ行ったときには既にベッドから起き上がっているし、夜中まで起きているようなこともなくなったようだ。
「律くんったら、すごいわね。実紅ちゃんのお寝坊を治してしまうなんて」
純礼さんは僕を褒めてくれて。
「なんか、あんたと実紅って先生と生徒みたいね。あくまで使用人だってことを忘れないでよ?」
瑠海奈さまから釘を差されてしまったけれど、実紅さまとの諍いはすっかり止んだみたいだ。
「お前、結構アスリート知識あるのな。今度あたしのトレーニングも見てもらおうかなー」
久華さまは専属コーチ就任を打診してくれた。
実紅さまのおかげで、僕も少しは使用人として認められたのかもしれない。
これで、実紅さまがきっちり結果を出してくれれば完璧なんだけど。
★
2週間後、その結果は出た。
このとき僕は、実紅さまから長女の純礼さまへとお世話をする担当がスイッチしていたのだけれど、お嬢様たちの帰宅に合わせて永森さんと一緒に玄関口で待つのは同じ。
「やったぞ!」
喜び勇んだ実紅さまが送迎用の車から飛び出してきた。
「わたしが新人部門のナンバーワンだ!」
「良かったですね、実紅さま」
「うむ。だが、わたしの戦いはまだ始まったばかりだからな! 制したのはあくまで新人部門! E-Sports部には手強い先輩連中がいるんだ」
燃えている実紅さまだけど、勉強を疎かにしない程度に頑張ってほしいかも。
「そうだ。忘れていた」
「え、なんです?」
疑問に思っていると、実紅さまは僕に少し屈むように手で指示をして。
ちゅっ、と柔らかいものが僕の唇に触れた……くらいならよかったんだけど。
僕の唇を腫らしてしまおうとするくらい、唇を吸引されるキスをされてしまった。
「いつぞやの寝起きどさくさキスとは別だ。ちゃんと本命キス。受け取っておくといい」
微笑んだ実紅さまは、軽やかなステップをしながら僕から離れ、館へと戻っていった。




