第12話 うちの妹が丸出しの男をお風呂に連れてきた件(瑠海奈視点)
あたし――風祭瑠海奈は、普段より少し早い時間に大浴場に来ていた。
今日はもう気合を入れないといけないような大事な用事もないし、たまには早めにお風呂もいいかと思ったのよ。
「なんだ、いたの?」
でも、すでに先客がいたみたい。
「いちゃ悪いかよー」
久華は湯船にいて、思いっきり手足を伸ばして両脚も好き放題広げていた。
相変わらずこの子は行儀が悪いわね……。
「ていうか瑠海奈姉の方がいつもより早いから、あたしと鉢合わせるんだろ? あたしは悪くねーだろ」
「はいはい、ごめんなさいね」
久華は、部活の助っ人に駆り出されていないときは、館の離れにあるトレーニングルームで鍛えてるから、汗を流す時間はみんなより早い。
「まあ、たまにはいいわ。久華と二人きりも珍しいし」
「こうしてじっくり見てると、瑠海奈姉、またおっぱい成長してね?」
「どこ見てんのよ」
それを言ったら、久華だって。
こいつは普段は、スポーツするのに邪魔って理由でサラシで胸を抑えつけて毎日を過ごすくらい胸の大きさを気にしてるくせに、人のことになるとすぐ胸がどうのこうの言うんだから。
「――や、やっぱり嫌ですよー! 無理ですって!」
「わたしがいいと言ってるんだ。遠慮せずに入るといい」
「なんか外が騒がしくね?」
「ていうか、あの声。まさか……」
「む。なんだ、瑠海奈姉と久華姉もいたのか」
大浴場に現れたのは、実紅。
そして、実紅に腕を掴まれながら、捕われた小動物みたいに小さく震えている露崎律だった。
「ちょっと実紅! なんでそいつ連れてきてんの!?」
「わたしのぬいぐるみだからだが? ぬいを洗いに来たんだ」
「ぬいぐるみ要素皆無なんだけど! 丸出しのオスじゃない!」
「まるで中の人がいるかのような口ぶりだな。そういう夢を壊すような発言は野暮だからやめてくれ」
相変わらず何考えてるのかわからない妹だわ……。
とりあえず、そいつの目を隠すことを優先させて……よかった。露崎律は自分から目を閉じてるみたい。
「あの野郎……腰にタオル巻いてやがる。くそっ、じれってぇな、あたし行って取ってくるわ」
「あっ、久華!?」
久華は盛大な水しぶきをあげて湯船から飛び出し、露崎律に突っ込んでいく。
「ちょっ、ひ、久華さまですか!? 取らないでくださいよ! 僕の命綱!」
「ふふふ、手で隠すなんて男らしくねえな。ホントは見た目通りの女の子なんじゃないか?」
「ちゃんと男ですってば!」
露崎律は、タオルを取られたせいで手で隠すしかなくなってるみたい。
奪い取ったばかりのタオルを嬉しそうに振り回す久華。
同じ風祭の姉妹として、あんなことで喜ぶなんて頭痛がしそうだわ。
「もう! こんな裸の美少女だらけなとこ、一秒だっていられませんよ! 僕は一人で部屋にこもらせてもらいますからね!」
「え、美少女……?」
「む、美少女……」
久華と実紅が、露崎律のほんの些細な褒め言葉に反応する。
二人の気持ちもわからないでもない。
男っていうヤツは、希少種なだけに、女性からちやほやされて当たり前だと勘違いしてる存在だ。
本当に傲慢で、女性への気遣いなんて考えもしないヤツしかいない。
久華にしろ実紅にしろ、男から褒められた経験なんてほぼないだろうから、不覚にも胸を打たれてしまったのね。
なんかこっちまでドキドキするのが腹立つわ……。
「僕、お風呂なら部屋に備え付けのシャワーで十分ですから! 使用人として、お嬢様たちと同じお湯には浸かれません!」
従者としての自覚が出てきたようね。
その点は感心だわ。
これなら、露崎律と同じ湯船に浸かるなんてことは避けられそう。
お湯のせいで頭がちょっとぼんやりしてきちゃってるし。
今、裸のあいつがすぐそばまで来ちゃったら。
冷静を装ったままでいられる自信なんてないもの。
「――で、なんで結局入ってきてるのよ!」
湯船に浸かるあたしの目の前には、久華と実紅に挟み込まれるように、目を閉じたままの露崎律がいた。
「す、すみません、瑠海奈さま……お二人に無理矢理」
「まあまあ。目は閉じているんだ。これくらいなら構わないだろう?」
「そうそう。見えやしねえんだからよ」
ついでに言えば、さっき久華が、露崎律がお風呂に入る交換条件としてタオルを返していたから、隠れる場所は隠れているけれど。
なんで隠したんだろう。
取っちゃえばいいのに。
誰か取りなさいよ。
今すぐに……!
……違う。
今のモノローグは、絶対にあたしから漏れ出たものじゃないわ!
でも……。
体毛なんて全然ない白い肌の華奢な体つきの裸の男の子が目の前にいる光景は……これまでしたどんな妄想より解像度が高くて鼻から出血しそうになるわね。
へえ。男子の体ってそうなってるのね……。
「おいおい、瑠海奈姉~、露崎のことガン見しすぎじゃね?」
「なっ!? ち、違うし! そんなヤツのこと見てないわ!」
「いいおかずになったろ? ここまで連れてきたわたしのこと褒めてくれてもいいぞ」
「褒めないわ! 姉妹の団らんの場を邪魔されただけよ!」
実紅のせいで、大事なリラックスタイムが散々よ。
でも。
でも……。
しばらくは、露崎律の裸体が頭から離れそうにないわ……。