嘘つき同盟
裏モードの空が、雨のように揺れていた。
光と情報が交差する感情のネット空間で、真堂レンは一人の少年と対峙していた。
九重ハルカ──フードを深く被ったその少年は、静かな微笑みと共に言った。
「君、ちょっと目立ちすぎだよ。EMOにマークされるの、当然ってやつだね」
「……あんた、何者だ?」
「元実験体だよ。嘘の感情の研究対象だった。今は逃亡者ってとこかな」
軽い口調。けれど、その瞳には深い諦念があった。
レンとハルカの出会いは、断罪ゲーム事件の翌日だった。
生徒会の表向きの沈静化とは裏腹に、裏モードではレンの端末に、アクセスログが絶え間なく流れ込んでいた。
「君のエモフェイク、実はまだ制限かかってるでしょ」
「……どうしてそれを」
「EMOって組織は、敵対者を、監視対象から排除対象に格下げする瞬間があるんだ。今がまさにそれ。次に来るのは、削除だよ」
レンは背筋が冷たくなるのを感じた。
その夜、秘密の裏モードスペースにて。
メイカとハルカ、そしてレンの3人が対話のテーブルに着いていた。
「信用できない」
真っ先にそう言ったのはメイカだった。監視官である彼女の立場からすれば当然だ。
「彼はEMOの研究対象。正体不明の能力者で、過去に一度、制御不能の記録もある」
「へえ、さすが情報屋さん。昔のことまで知ってるんだ」
ハルカは笑いながらも、声の奥にかすかな棘を含んでいた。
「でもね、監視官さん。俺はもうあっち側の人間じゃない。だから君たちに情報を売りに来たんだ」
そう言って、ハルカは1枚のデータカードを取り出した。
「これが、EMO中枢サーバの内部構造。感情監視システムの最深部に通じる道だ」
メイカの瞳が大きく揺れた。
「……これ、本物?」
「信じるかどうかは自由だよ。でも、レンくん。君は選ばなきゃいけない。嘘で人を救うか、真実で壊すか」
その問いかけに、レンはしばらく沈黙してから言った。
「俺は……嘘を知ってるから、本当に辿り着きたいんだ。だったら、一緒に行くよ。ハルカ」
そして、レンは静かに手を差し出す。
「嘘つき同盟ってことで、どう?」
ハルカがくすりと笑い、手を握り返した。
翌日、学園ではまた新たな事件が起こっていた。
特定の生徒の感情タグが暴走し、日常生活に支障をきたしているという。
タグ──それはEMOクラウドが人間の感情に自動で付与する分類用ラベル。
疑い深い、嫉妬深い、怒りっぽいなど、他人から見た感情の傾向が固定化される恐れがある。
「感情のレッテル貼りか……まるで性格をパッケージ化してるみたいだな」
レンは苦々しく呟いた。
メイカの調査によれば、今回のタグ暴走には、外部干渉の痕跡があるという。
つまり、EMO内部から誰かが意図的に感情ラベルを操作しているのだ。
夜。
レンとハルカは、裏モードにある感情ラボへと侵入する。
そこはかつて、感情を操作する実験が行われていた場所。
不気味なまでに整然とした部屋に、レンは違和感を覚える。
「……ここで、君は」
「うん。ここで、俺は人間じゃないと判断された」
ハルカは笑ってみせるが、その笑みはどこまでも悲しかった。
「でもさ。自分が人間かどうかなんて、結局他人が決めることじゃないだろ?」
レンは頷いた。
「そうだな。感情があるなら、それはもう人間だ」
その瞬間、警報が鳴る。
【侵入者検知】
【EMO執行部隊、接近中】
「逃げるぞ!」
二人はデータを握り、ラボを飛び出す。
走る廊下の先、赤い目を持つ感情制御兵が道を塞いでいた。
「レン! やるしかない!」
「――ああ!」
レンのエモフェイクと、ハルカの感情分裂が共鳴する。
感情の波が反転し、制御兵の一人が混乱して膝をついた。
だが、敵は多い。時間はない。
ようやく脱出した二人は、廃ビルの屋上に息を切らして座り込んだ。
夜の風が、二人の髪を揺らしていた。
「これで、俺たちは本格的にEMOの反逆者だな」
ハルカが笑う。
レンも、少しだけ笑い返した。
「だったら、やるしかない。嘘も本当も、全部ぶつけて。俺たちの感情を」
――それが、世界を変えるための、小さな契約だった。
※エンディング演出:「感情メモ」
【真堂レン】
・表層感情:緊張 40%、決意 30%、興味 30%
・深層感情:連帯感 50%、不安 25%、信頼 25%
【九重ハルカ】
・表層感情:茶化し 50%、焦り 30%、期待 20%
・深層感情:孤独 60%、希望 25%、罪悪感 15%