断罪ゲーム
――君たちの感情に裁きを。
唐突に、それは宣言された。
昼休み、校内放送に割り込むようにして流れた合成音声。
まるで演劇のプロローグのように、それは感情を刺激する言葉で始まった。
『本日、5時間目より。特別イベント《感情裁判ゲーム》を実施します』
『対象:2年B組全生徒』
『目的:クラス内に潜む偽りの感情を見抜き、断罪せよ』
騒然とする教室。教師さえも混乱する中、ただ一人だけ静かに微笑んでいた人物がいた。
「……面白くなってきたわね」
そう呟いたのは、生徒会副会長・芦屋ユナだった。
その瞬間、真堂レンのエモクラウド端末に通知が走る。
【あなたは、陪審員に選ばれました】
「まさか……あの芦屋ユナが仕掛け人?」
放課後の裏モード接続室で、レンは呆然と呟いた。
メイカの分析によれば、ユナはEMOからもマークされていた感情操作の適性者。
いわば、【断罪型】の能力者だ。
「彼女の能力、《エモジャッジメント》は非常に厄介。集団の感情を可視化した上で、多数決的に感情の是非を決定できる」
「感情に……是非?」
レンは嫌な予感がした。
まるで裁判。けれど、それは正義の名を借りた感情の吊るし上げだ。
5時間目、生徒たちは視聴覚室に集められた。
中央に設置されたのは感情投影装置──全員の感情がスクリーンに映し出される、心理的な断罪の場。
【第1の裁判】
被告:新田サトル(地味系男子)
告発内容:「裏でクラスメイトを馬鹿にしている」
ユナの声が響く。
「さあ、皆さん。感情を偽っていた、この被告を、裁くべきかどうか──投票を」
スクリーンに、感情グラフが浮かび上がる。
新田の嘲笑感情が確かに記録されていた。けれど、それはほんの一瞬のノイズ。
思春期の自己防衛反応のようなものだ。
だが、生徒たちは空気で判断する。
──有罪、92%。
「ッ……!」
新田は視線を逸らし、俯いた。投影装置から罰としての軽度なノイズが走る。
レンの拳が、静かに震えた。
【第2の裁判】
被告:真堂レン
告発内容:「感情を偽って、他人を操作している」
「は……?」
予想外の名前に、レンは声を失う。だが、ユナは微笑みながら進行する。
「あなたは《エモフェイク》で、他人の感情を演出してきた。さて、それは善か悪か?」
映し出される過去のログ。
いじめの解決、暴走者の救出──だがそれらは、すべて偽の感情によるものだった。
「……いい加減にしろよ」
レンが立ち上がる。
「たとえ偽でも、あのとき必要だった感情だった。それで救われた奴がいるなら──それは、本物だ」
だが、スクリーンには「疑念」「不信」「嫉妬」の波が映っていた。
感情は正直だ。正しさは、必ずしも正義ではない。
投票が始まる。
──有罪、68%。
「……っ!」
その瞬間、端末に警告が走る。
【共鳴遮断】
【能力制限:エモフェイク・封印】
「感情制御フィールドが……発動した?」
メイカが端末越しに警告を飛ばす。
「レン、これはEMOの正式イベントじゃない。ユナが独自に展開してる《裏裁判》。目的は異能の排除よ!」
だが、次の瞬間、会場全体に別のノイズが走る。
パリンッ、と何かが割れるような音と共に、視界が反転する。
「……よう。間に合ったみたいだな」
軽口を叩きながら現れたのは、九重ハルカだった。
フードを目深に被り、背中には妨害用端末。
EMOから逃げ出した元実験体──裏モード最古参の一人。
「こっちもハックさせてもらった。レン、今なら共鳴、再接続できる」
レンは頷き、再び立ち上がった。
「感情を偽ってるって? ああ、そうだよ。俺は、ずっと自分にすら嘘をついてた」
でも──
「だからこそ、他人の本当を見つけたいと思ったんだ!」
スクリーンが、強い共感の波で揺れた。
それは、ただの感情ではなかった。
抑圧された想いが、共鳴し合い広がっていく。
生徒たちの端末が次々に警告音を鳴らす。
ユナが焦ったように制御装置を操作しようとするが、間に合わない。
「この裁判は……無効だ!」
宣言と共に、視聴覚室のシステムがシャットダウンされた。
翌日。ユナは何食わぬ顔で登校していた。
生徒会は今回の件を「教育的プログラムの暴走」として処理したという。
「お前、平気だったのか?」
レンが尋ねると、ユナは笑って返した。
「ふふ。あなたも偽りを使う側なら、私と似たようなものじゃない?」
その微笑には、何か別の意図が透けていた。
※エンディング演出:「感情メモ」
【真堂レン】
・表層感情:怒り 30%、覚悟 40%、戸惑い 30%
・深層感情:正義感 50%、罪悪感 20%、希望 30%
【芦屋ユナ】
・表層感情:支配欲 60%、余裕 20%、怒り 20%
・深層感情:孤独 45%、承認欲求 35%、不安 20%