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監視官(ウォッチャー)の瞳

 ──監視されている。


 そんな感覚が、真堂レンの背中から離れなかった。


 廊下ですれ違う生徒の視線。教室のざわめき。カメラの目。

 そのどれでもない何かが、確かに自分を見ている。

 ……いや、正確にはひとりだけ。彼はそれを知っていた。


 「今日もまた、来たんだな」


 昼休み。屋上。吹き抜ける風の中、彼女は当然のようにそこにいた。


 柊メイカ。


 EMO管理機構、通称《EMO》の監視官ウォッチャー


 「なによ、その言い方。ストーカーみたいに言わないで」


 制服のリボンを押さえながら、彼女は軽く笑った。

 その笑顔は可憐で、どこか影を感じさせる。


 「お前さ……本当に監視官なのか?」


 レンの問いに、メイカはため息混じりに頷いた。


 「うん。隠すつもりはなかったし。まあ、正確には、独断で監視中の非公式メンバーだけど」


 「つまり、勝手に俺を監視してるってことか」


 「正解。だけど、ただ見てるだけじゃない。私、あなたを――」


 そこまで言って、メイカは少し言葉を止めた。


 「……あなたの感情のあり方に興味があるの」


 「興味ね」


 レンはため息をつきながら、空を仰いだ。

 その目には、遠くに浮かぶデータ雲──《エモクラウド》が、鈍く揺れていた。


 「……この世界、妙に静かすぎると思わないか」


 「え?」


 「みんな感情を整えすぎてる。怒りも哀しみも、何かに管理されてるような感じだ。まるで……人間じゃないみたいに」


 メイカはしばらく黙った。


 そして、ポケットから小さなデバイスを取り出す。


 掌サイズの無色透明な球体。


 「これ……《感情同期モジュール》EMOが監視対象に配布してる非公開端末。あなたの《エモフェイク》の本当の値を観測してた」


 「……だったら早く言えよ」


 「言ったら、あなた逃げそうだったから」


 涼しげな笑み。

 だがその笑みに隠された真意は、レンには読めなかった。


 「あなたの能力、ただ偽りの感情を生成するだけじゃない」


 「……どういう意味だ」


 メイカは真剣な表情で続けた。


 「あなたは、感情そのものの構造を読んでる。表層と深層、感情の歪みと純度、その全体像を再構成して、最適な偽感情を作ってる」


 「……つまり?」


 「感情工学的には不可能なレベル。あなたは、他者の本質的な感情に触れる力を持ってる……人間離れしたセンスでね」


 「……お前の兄も、その力で救えたのか?」


 唐突な問いに、メイカの表情が揺れた。


 「……わからない。あの頃、私にはそんな力も知識もなかった」


 「でも今は違うってか」


 レンはやれやれと肩をすくめた。


 「監視か協力か、立場ははっきりしろよな」


 「じゃあ……両方。ダメ?」


 メイカの笑みは、どこか寂しげで、けれど確かな意志を含んでいた。


 ──そのとき。


 屋上の柵の外、風に乗って届いた悲鳴。


 「たすけてぇぇっ!」


 レンとメイカは同時に駆け出す。


 階段を降り、廊下を走り、校舎裏の中庭へ。


 そこには、エモ暴走状態の女生徒がひとり。周囲には異常な感情粒子が渦巻き、生徒たちが近づけずにいた。


 「っ……これは!」


 メイカが即座にスキャンを始める。


 「感情数値が急激に偏ってる。喜び95%、恐怖98%、自己否定85%……! 制御が崩壊してる!」


 レンは彼女の横を抜け、少女に向き合った。


 「聞こえるか。大丈夫だ。落ち着いて──」


 「やめてッ! 私なんか見ないでッ!」


 少女が叫ぶ。感情波が爆発する。

 周囲のガラスが軋み、植物が枯れる。空間そのものが悲鳴を上げていた。


 レンは、静かに目を閉じた。


 「《エモフェイク──投影モード》」


 偽りの安心、穏やかさ、受容。

 レンの能力は、少女の感情構造を読み取り、偽感情で包み込む。


 ──だが。


 「だめ、入らない……!?」


 メイカが叫ぶ。


 「この子、感情フィルターが逆転してる! 偽りの感情を嘘だと拒絶してるの!」


 「……だったら、本当の感情を混ぜる!」


 レンは心の奥に、自分自身の痛みを引きずり出す。


 寂しさ、喪失、怒り、そして――ほんの少しの優しさ。


 「《エモフェイク──共鳴モード》」


 その瞬間。


 レンの内なる感情が、少女の心に共鳴する。


 ゆっくりと、少女の目から涙がこぼれる。


 「……こわかったの……」


 「大丈夫だ」


 レンがそっと手を差し伸べる。


 「嘘でも、本当でもいい。泣いていいんだ」


 少女がうずくまり、静かに泣き出した。


 感情の波が、凪いでいく。


 メイカは、静かにその光景を見守っていた。


 「……やっぱり、ただの偽感情じゃない。これは、もう──」


 彼女は心の中で言葉を続ける。


 ──感情そのものに干渉する力。


 それは、EMOが最も恐れている能力のひとつ。


 レンの存在は、やがて世界の均衡を揺るがす。


 彼女はその確信を深めながら、静かに彼の背中を見つめていた。




※エンディング演出:「感情メモ」

【真堂レン】

・表層感情:戸惑い 25%、集中 60%、共感 15%

・深層感情:痛み 40%、優しさ 30%、無意識の恐れ 30%


【柊メイカ】

・表層感情:監視 30%、不安 20%、敬意 50%

・深層感情:兄への未練 55%、責任感 25%、レンへの興味 20%


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